新米教師と戦争について
「君は太平洋戦争のインパール作戦についてどう思うか」
教員採用試験に受かった翌年、初任者研修の教官がわたしにそう問い質した。
「は? インパール作戦といいますと」
「知らないのか」
「すみません」
鬼平犯科帳に出てきそうな強面の教官はさる国立大学哲学科出身で、つい数年前まで小学校の校長を長く務めていた方である。いかつい見た目だが全校児童の顔と名前を覚えていて人気の校長先生だったという。
その教官がわたしにそう質問したのはまだ春の浅い日のことだったように思える。なぜそんな質問をするのか、普通は初任者研修なら保護者対応とか生徒指導の話をするんじゃないのか?
「では質問を変えよう。学級経営とナチズムの共通点と相違点を答えなさい」
「……はいぃ?」
思わず変な声が出た。しかし、さっきの質問よりはマシだ。理解している単語が増えたからだ。
「1人が大人数を統治しているというのが学級経営とナチズムの共通点です。思想を洗脳していないというのが相違点です」
わたしは割と自信をもってそう答えた。しかし、教官は「違うね」と真顔で否定した。
「教育も洗脳だ。君は洗脳している側だという自覚はあるか」
わたしは一瞬、息を呑んだ。
まさかそんな風に返されると思ってなかったからだ。
「でも、子供たちが将来不幸になるような洗脳はしていません。だれかを排他的に扱うこともわたしのクラスでは許しません。これはナチズムとは大いに違うと思うのですが」
ややむきになってわたしは教官に言い返した。
教官はニヤリと笑った。
「少しは話せるようだね」
今度は本当に頭に来た。もちろん顔には出さなかったけど、こんな人が教官でいいのか、不満が胸を渦巻いた。
8月15日になると、教官のことを思い出してインパール作戦についてつい調べてしまう。