特別編 ファミコンカセットのライセンスの歴史を調べていったらおかしなことに気がついた
この記事はナムコvs任天堂を読んでおくと、より深くお楽しみ頂けます。
私の記事を読んでくださっている方には周知の事実かと思いますが、ファミコンのカセットには大きく分けて二種類が存在します。任天堂がつくる「委託生産」方式のカセットと、メーカーが独自でつくる「自社生産」方式のカセットです。ナムコは一番有名な自社生産のメーカーかと思いますが、その形状が任天堂のものとは違い、独特の形状です。
これは実際に見れば簡単に判別可能です。
このような形は任天堂が作っているものです。一方、メーカーが独自で作っているものは……
このような形であったり
こんな形であったりします。自社生産も委託生産も、ユーザー側からしたら「カセットの形状がちょっとだけ変わってる」くらいの意味合いしか持ちません。
しかしメーカー側には重大な違いがあります。委託生産の場合、任天堂が製造する都合、任天堂がどれだけ生産するか決めることができます。
「どうして任天堂が委託する生産量を制限する必要があるんだ?」と思われるかも知れませんが、任天堂が認定したROM工場は多くはなく、毎月百万単位のROMがその少ない工場内で振り分けられ作られていました。もし、複数のソフト会社の大作がぶつかった場合、その製造ラインのほとんどをそれらに奪われ、その他の中小への割り当てが少なくなってしまうのです。その割り当てを決める権利は任天堂にありました。
またナムコvs任天堂でも解説したとおり、任天堂への委託生産の場合は任天堂から厳しい表現チェックが入ります。直接的な残酷表現、性表現、宗教表現は修正を余儀なくされます。
しかしメーカーが自社生産する場合はこれらの枷はありません。メーカーが自分でROM工場を探してきて、好きなだけ数を作らせることが可能です。表現規制も任天堂からはかかりません。しかもロイヤリティを支払った場合でも、任天堂へ委託生産するよりもコストが安い場合がほとんどでした。ですから、多数の会社ができることならばこの自社生産を選択したい、と思っていました。
しかし、この自社生産契約は、途中で新規の契約を認めない方針となりました。
こういった事件が起きたため、新規の自社生産契約は打ち切られ、既存のメーカーも契約が終了しだい、委託生産契約に切り替えるように促されました。このことは日本デジタルゲーム産業史にも書かれていますし、NintendoDreamの今西元広報部長のインタビューでもそういう内容です。
これを発端とした話が、ナムコvs任天堂後編で描かれたライセンス周りの話です。結果的にナムコが妥協し、委託生産契約に落ち着いた……という話でした。
私はそう書きました。
日本デジタルゲーム産業史にもそう書いてあります。
今西元部長もそう言っています。
……が、これ、なんだかちょっと、おかしいんですよ。つじつまがあってないんです。
今回の記事は特別編として「もしかして任天堂、ものすごく壮大な嘘をついているんじゃないのか?」という話をお届けします。
まず前提条件の確認です。任天堂から自社生産を許された会社は多くありません。それを挙げてみましょう。ナムコ、コナミ、バンダイ、アイレム、サンソフト(サン電子)、ジャレコ、タイトーの7社です。バンダイ、サンソフトは既出ですので、その他のカセットを確認してみましょう。
こうしてみると自社生産なだけあって、レイアウトがてんでばらばらです。なので「見分け方はすぐわかる。形状が独自なのが自社生産」といわれるわけですね。
ここでちょっとややこしいのが、「形状が独自だからといって自社生産とは限らない」という要素が絡んでいるのです。例えばエニックスのジャストブリード、光栄(現コーエーテクモホールディングス)の信長の野望や、HAL研究所のメタルスレイダーグローリー、アスキーの忍者らホイ! なんかは標準の形状ではありません。
おっ? と思われるかも知れません。つまりこれは任天堂生産でありつつも、カセット内に拡張チップを載せたオプション品であったとわかるのです。信長の野望から採用された特注品だそうです。
このインタビュー内ですと、光栄以外に許可しなかったことになっていますが、こうしてみると普通に他社も採用しているわけで……。まぁそこは本題ではないので突っ込みません。
ようするに任天堂への委託生産にも二種類あって、標準型か大型かのどちらか。自社生産の場合は各社バラバラだということです。
ナムコを見て、時系列を整理してみましょう。ナムコのライセンス周りはこんな具合でした。
1984年 ライセンスを5年間で締結。切れるのは1989年7月いっぱい。
1984年3月 既存の条件では延長しないことを確認。以降は他社条件と同等で任天堂への委託販売
1989年7月 ライセンスが切れる
1989年8月 任天堂への委託生産開始(実際は12月のファミスタ90'が最初)
1993年12月 ナムコ最後のファミコンソフト ファミスタ93'発売
特に違和感はないかもしれません。しかし問題のソフトが1990年に発売されています。それは女神転生2。新しい契約後に発売されたソフトです。
「別に女神転生2が新契約後に任天堂が生産を行っていてもおかしくはないじゃないか?」と思われるかもしれません。ところが、この話が全てをおかしくしています。
この文章を寄稿したのは女神転生を作り上げた一人、鈴木一也氏です。鈴木一也氏は1と2の実績があったからこそ、SFCで発売された真・女神転生では任天堂チェックをくぐり抜けることが出来た、という内容ですね。
そうです。もし、任天堂の言い分が正しければ女神転生2の時点で任天堂チェックを受けていなければなりません。
そもそも女神転生2のカセットの形状を見てみると
こんな具合です。標準型でも、大型でもない、ナムコ独自製っぽいカセットですね。
つまり「任天堂はナムコと委託生産契約を結び直したわけじゃなく、ロイヤリティ改定や新たに本数制限を定めた自社生産契約を結び直したのではないか?」という推察が立てられるわけです。
「鈴木一也氏の記憶違いでは?」という仮説も立てられますが、もう一つ役に立ちそうなソースが存在します。上記にも出てきたコナミの名作RPGラグランジュポイントです。
コナミは85年4月にイー・アル・カンフーで参入しているので、おそらく90年にはナムコと同じようにライセンス契約を結び直していることでしょう。ここでもし任天堂への委託生産契約にし直した……とすると、91年4月に発売したラグランジュポイントは、もしかしたら発売できてなかったのでは? と思うのです。
なぜならこのラグランジュポイント、表現規制が敷かれていたはずのファミコンゲーム内において、ウザかわいいマスコット的な子供キャラのタムが、敵キャラのオレギにぶん殴られて吹き飛んで口から血を吐いて死ぬという残酷表現をムービー形式で収録しており、全国の小学生らと私にトラウマを植え付けることに成功しています。しかもこの話は序盤の終わり頃の展開であり、その後タムの祖父である博士が「タムをしらんかのう」とだけ連呼するようになったり、オレギとの戦いには仲間のクリスが「タムの タムのかたき!」と攻撃するたびにクリティカルを連発するようになったり、物語後半で博士がタムの意識をコピーして作り上げたロボットピコが同行するようになるものの、ピコは激闘の果てに(文字数以下略)
閑話休題。ようするにこのラグランジュポイント、かなりエグい表現がバッチリ入っています。これはちょっと、任天堂チェックは通らないのでは? コナミが自主生産可能で独自の審査をしていたというのなら話はわかるのですが、それだと「ロイヤリティ契約の期限が切れる企業からOEMでの契約へと切り替えを進め」ていないことになります。
これは他の自社生産契約を交わした会社のカセットを見てもわかります。ファミコン最後期に出した、契約改定後のカセットを見ても、どの企業もメーカー独自の形をしており、とても任天堂の委託生産品とは思えません。
ナムコ、ジャレコ、アイレム、コナミ、サンソフト、それぞれの形状がバラバラなままです。最後の最後まで自社生産契約は有効だったと見なすのが自然なように思えます。もちろん契約更新の際、ロイヤリティが変わったり、生産本数がより制限されたりもしたかと思いますが、大枠のところでは自社生産は続けられていたのではないでしょうか。
そうなるとナムコの契約更新は「自社生産あり、ロイヤリティは増額、表現規制はそのままナムコ基準続行、年間販売本数制限あり」で、そこそこにナムコに配慮された内容であったと推察できます(中村社長が75点、と評価したのは虚勢ではなかったのかもしれません)。
もちろん、任天堂側の説明が虚偽ではない、という場合の仮説はなりたちます。「表現規制は各社独自、ロイヤリティは委託生産と同程度、生産は任天堂が行うが、カセットの形状は各社オリジナルのものを特別に注文することができる」という内容です。ただこれですと、なんで任天堂はこんな契約をしなきゃいけないのかという説明が出来ないのでちょっと困ります。
同時に、「もし任天堂が虚偽の説明をしてるのなら、その理由はなんなのか?」という疑問がわいてくるかと思いますが、その理由も透けて見えてきます。
ファミコンブームの際、多数の会社が任天堂にファミコンソフトを出したくて契約を申し込みに来ました。アタリショックのことが頭にあった任天堂はナムコ・ハドソンの契約を反省し本数制限をつけた契約を用意。ですが増えすぎた契約社数に、新規自社生産契約の打ち切りを決定。そのときに「カセットの製造不良が起きたから」という理由付けを持ってきます。
ですがその理由付けは、既存の自社生産契約を延長させることを不可能にしてしまいます。「任天堂としては他社でカセットの製造不良があったので、新規の自社生産契約は認めていません。あ、でも既存の契約は延長します」ではおかしな話になりますから。「あいつらのところが製造不良起こしたのに、なんであいつらはおとがめ無しなんだ!?」という反論が出てしまうので。つまり任天堂としては「既存の契約も順次委託生産契約へと変更しますね」と言わざるを得ないわけです。
同時に「ウチが製造不良を起こした訳じゃないのに、なぜとばっちりを受けなければならないんだ!?」と自主生産契約をしたメーカーからも反論を受けてしまうので、任天堂としては「対外的には委託生産契約に変更していくといっておきますけど、貴方のところは自社生産続けて大丈夫ですよ」と説明したのでしょう。なので自社生産契約した7社も「うちは自社生産です!」と声高らかにいうこともなく、任天堂と歩調をあわせています。
……となると一つ問題があって、そもそも初期で自社生産契約を行った7社は、どれも自社生産契約を延長できているんですよね。つまりは「カセットの製造不良を起こしてペナルティを喰らった会社」というものがおそらく存在しておらず。そもそも最初から「カセットの製造不良」なんて起きていなくて、任天堂が旨味の大きな委託生産しか認めない方便として使われた可能性というのがあります。こればっかりは真相はわかりません。
まとめると「任天堂は委託生産契約に切り替えていったと明言しているも、どうもそういう様子がイマイチ表に現れていない」ということになります。ここらをハッキリさせるのは、もしかしたら無理かもしれません。ファミコン時代とはいえ、ゲームの歴史が直接現代まで続いているので、関係者がおおっぴらに語れない可能性があるのです。
どなたかざっくりこの状況を説明できないものでしょうか? ファミコン時代の先人たちが高齢化している現状、残された時間はあまり多くはないと思うのです。
Special Thanks(資料提供をしてくださった皆様。敬称略)
冨島 宏樹 @Tomishima_h
アライコウ @araicreate
テトラポッド葉山 @my_syumi_game
ori+📘📒 @oritasu
しめさばさん @Shime__SaBa
ラッキィ @lucky_jp
ひーすさん(サブ) @his0303_sub
504(レトロゲームつぶやき) @game7650
くぼゃん / KUBOTA Shingo @wadelyjp
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