能登半島地震について思うこと
能登半島沖地震から1年が経った。このニュースを見て思ったことは、やはり日本人が他力本願となり、生きているのが当たり前であり、何もしないくせに助かって当然というクズ共が炙り出されたということがよくわかった出来事であった。この意味で、能登半島沖地震は天誅も同然である。
今回、初めてnoteでの引用になるが、被災地の住民の他力本願で無責任な言動を取っている醜態を見ることが出来るので以下、貼り付けておく。
つい数年前、菅義偉元首相が「自助」と仰ったが、日本にはその自助の道徳というものが完全に消え失せている。それはつまり、「助かるのが当たり前」と言う傲慢なエゴイズムが被災地の住民にある。
本来、天変地異が起きた時のためにまず、自力で立ち上がり、男なら妻や子供を優先して助けるのが義務であるし、家が壊れて困るなら火災保険に入ることが常識である。これをなけなしの血税で復興に充てろとかほざく共産党員を見ていると殺したくなる。見ていて腹が立つので、いっそのこと自衛隊や米軍の空爆実験で焼き払わない限り私の怒りは収まらない。
しかも、災害が起きるのは先ほど申し上げたように、天罰同然である。そこらに住んでいる人間は何か悪いことをしてると勘繰りたくなる。これを「公正世界仮説」と言うが、私はそれこそが善悪の区別の根本だと思っているため、まず間違いない。これについては後々記事を作成する。なお、我が社の社員や受講者には悪事を行ったものは必ず罰するようにしている。人材育成をやっているが、リーダー研修の際、部下にそれをやれと必ずそれを叩きこんでいる。勿論、努力して結果を出した者は(調子に乗らないよう、飴を与えすぎないが)きちんと評価するようにしている。
被災者にとっては苛立つかもしれないが、苛ついているのはこっちの方なんだよ。自分で生き抜くこともできない奴を助けるのは百害あって一利なし。そのくせ、命乞いをする奴らは動物以下のゴミである。