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旧約聖書より『創世記』
天と地の創造
日本の神話との類似点
聖書の中で、世界のすべては神が作ったとされています。
「光あれ」
という言葉と共に光が現れ、
「天地を分けよ」
というような言葉と共に、天と地が分かれます。
その後、神は海や大地をつくり、太陽や月をつくります。
全ての生き物をつくり、アダムとイブをつくられ、人類が誕生するのです。この時に作られた最初の人類アダムは、神が土をこねてつくられたものと言われています。
しかし、ここで一つの疑問点が生まれます。
とても『古事記』と類似している点があるのです。
古式は日本書紀と並び日本最古の書物です。
古事記の1/3は神話と言われており、この世界が作られた『天地創成』というところで、世界の始まりが描かれております。
この部分と、とても類似しているのが創世記なのです。
「古事記と聖書」
『天地創成』
古事記では、天地が2つに分かれてこの世界が始まります。
天井世界の神々が住む高天原(たかあまのはら)にはじめに現れたのは、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)。
「天空の中心の主人」という意味の名前が示す通り、この世の中心を定めた神です。
天地創成の話ではここからたくさんの神が現れます。
続いて登場するのが、たかみむすひの高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)、神産巣日神(カムムスヒノカミ)。この時地上はまだできたばかりで水に浮いたクラゲのように漂っている状態でした。
その後、葦(アシ)が芽を出すように宇摩志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ)、次に天之常立神(アメノトコタチノカミ)が現れます。
続いて12柱の神々が出現。(神は“はしら”と数える)
最後に現れたのが有名な伊邪那岐神(イザナギ)、伊邪那美神(イザナミ)でした。
この神々の作り方がまた面白く、やはりか「泥の中から葦が芽を出すように現れた」と表現されています。
『土や泥をから人間の形が生まれた』という部分で、聖書と古事記は共通しています。
違っているのは、
聖書は神が先にいて、その一人の神が全てを作ったという『一神教』と言われる部分
古事記は世界が先にあり、その世界のいろいろな細部にわたるまで、一人一人の神が存在するという『多神教』という教えの部分
つまり、神が一人か沢山か、という違いもありますが、神が先か世界が先かという部分でも違っています。
しかし、その他の点でたくさんの類似点が見られるところが面白いところです。
教えが全く違うのに類似点があるというのは、世界はかつて一つだったのではないか?
聖書の中で描かれている、バベルの塔の話の中で、神の怒りをかい、世界の人々同士言葉が通じなくなってしまった時以前は、本当に世界は一つだったのではないか、という信憑性が生まれてきます。
こんな風に考えていくと、共通点を見つけていけば、宗教で戦争や争いがなくなるのではないかということも考えられます。
こうした根本的なところを洗っていくと、世界平和というものが夢ではなく、現実として訪れるのではないかという希望を持たざるを得ません。
心より世界平和を願っております。
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