パリ祭のラストワルツ
春はワンピースを着るためにあるの。
花柄のワンピースを着た女性がすれ違いざまにそう言っていた。
みんながどう思うか分からないが僕はこう思った。
なんて素敵な言葉なんだ。
会話の流れで女性がたまたま口にしただけだが、とても惹きつけられる言葉だ。
もちろん、春はそんなためにはない。だが妙に納得してしまうし、なんかオシャレだなあと思う。
福神漬けはカレーのためにあるの。
確かにそうだし間違いではないのだが、定食屋のおばちゃんにそう言われたってガツンとはこないし、そういうことではないのだ。
惹きつける言葉というのは、すべからく想像力をかきたてられる。
思い出はいつの日も雨
有名どころで言えばご存知、サザンのTUNAMIの歌詞だが、これは惹きつける。この文章だけで、どれだけ物語を想像してしまうのだろうか。とんでもない言葉だ。
想像力をかきたてる展示に行ってきた。
写真家ドアノー展
見た人に物語の続きを想像してもらえるような写真が撮りたいと語っているドアノーの写真はまさに想像力をかきたてまくるのだ。
展示テーマは「パリ」
もうこの「パリ」だってかきたてまくる言葉だ。
パリの街角にあふれるシャンソンやジャズなど様々な音楽シーンを題材に1930年代から90年代にかけて撮影されたもので、歌う人・アコーディオン弾く人・ラッパ吹く人・踊る人。
パリの人々の喜びや悲しみやら様々な感情を写し出している。
そして、タイトルまでもが想像力をかきたててくれる。
日曜日のラッパ吹き
パリ祭のラストワルツ
サンタクロースとヴァイオリン弾き
かきたてる‥。これはもうかきたてられる。物語がもうはじまりそうだ。
そして実際に写真を見ればそれは物語の始まりであり物語の終わりがそこには見えてくるのだ。
なんだか音も聞こえてくるし、なんならパリの香りまで勝手に感じてしまうのだ。
本当かよと思うだろうが、感じてしまったものはしょうがない。
特に惹きつけられる写真がある。
〈運河沿いのピエレット・ドリオンとマダム・ルル〉
ドアノーは彼女たちについて、こう語っている。
穏やかな日曜日の朝、二人の女性。一人はアコーディオンを抱えて現れた。「歌ってもよろしいですか」その低いずんぐりとした女マダム・ルル‥。アコーディオン弾きの方はかなり美しかった。彼女はお決まりの活気のない哀歌を歌いはじめた。
「私がどれだけあなたを愛しているのか、あなたは分からない」彼女は周りに一切取り合わず、人を少し小馬鹿にしたようなところがあった。二人に惹きつけられた私たちは、レ・アールからリロ・シャロンまで、サン・マルサン運河からポルト・ド・ラ・ヴィレットまで、日々通いつづけた。なぜ二人はポケットの形を変えるほどの小銭ももらえない世界で日銭を稼ぐ生活にこだわるのか私にはまったく理解できなかった。
低いずんぐりとした女マダム・ルルと美しいアコーディオン弾きピエレット・ドリオン。なんなんだこの二人のキャラ設定は。完璧だろ。
この二人がどうやって出会い、なぜ一緒に演奏することになったのか、めちゃくちゃ気になる。だが全く分からない。
酒場で演奏している写真もあるのだが笑顔はないのだ。「どうして?」と、ますます気になる。
まさにドアノーが語るように物語の続きを想像してしまう写真なのだ。彼女たちの物語の続きをはやく見たいのだが、もちろん続きはない。僕たちで想像するしかないのだ。
実際に目で見て、それぞれが自由に想像して物語を膨らませてほしい。その人なりの物語ができていくことだろう。
展示は渋谷のBunkamuraにて3月31日までだ。その頃にはワンピースの季節になっていることだろう。彼女のあの言葉を思い出す。