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赤田家の夢見る女たち 【靴の底 #33】

色づいた銀杏の木が二本並んでいる間に赤い鳥居が美しい立ち姿で構えている。
どこの神社なのだろう。
北鎌倉にある神社なのかもしれない。鳥居のそばに家族の姿があり、その楽しそうな様子を私は眺めていた。
ここに行かなきゃないけない。けど、どこだろう。北鎌倉に同じような場所があるのかもしれない。
銀杏な葉がハラハラと落ちていく。なんてきれいな光景だろう・・・。

アラームの音が部屋に響き渡り、二匹目の預かり猫が「ナー」っと鳴いて朝ご飯の催促をしにくる。
また、夢を見てしまった。時々、どうしても忘れられない夢を見ては、なにかのお告げだろうと確信してしまう。

「今日、選挙に行くよね?」
そばにいる旦那にいうと目を合わせずに「昼飯、どこかに食べに行ってから選挙行こうか」と言って、台所にむかっていった。

亀裂が入った私たちはあれからもお互いの距離感をはかれず、ギクシャクした空気でともに生活をしている。
10年近く一緒にいて、こんなこと初めてだ。もう、あの頃のようにはしゃいで抱きしめて、笑い会えないのかもしれない・・・。そう思うと悲しく、寂しい気持ちになった。

選挙に行った帰りに、北鎌倉に行って夢で見たあの神社に行こう。
本当に実現しているかわからない神社なのに、絶対に存在すると思うのは赤田家の女だからという自負があった。

私の祖母の旧家は赤田家といって、中国地方の山の中に住む一族だった。
祖母には姉妹が5人いて、赤田家の女として嫁に出ても固い絆で結ばれている姉妹だ。

その姉妹に鈴子さんという祖母の妹がいたのだけれども、私が大人になったある日、夢の話を彼女にした。

夢の中で私は巫女装束を着た女性に滝へ案内されていた。とても壮大で美しい滝には虹がかかっており、水は光り輝いている。
巫女は「この水の中に潜って、光る石を拾いなさい」と言い、私は言われるがままに水に潜り、光る石を手に取った。
「その石をずっと持ち続けなさい」そう言われ、石を胸にしまう・・・

その夢を聞いた鈴子さんは、「あなたも赤田家の女の血があるのね」と言った。
「私たち赤田家の女はね。よく夢を見てお告げをもらうの。あなたにもその血が流れているのよ」
「夢でお告げ?」
「そう、具体的な夢ではないけど、なにか点と線がつながるような。そんなお告げを私たち姉妹は見るの。もちろんあなたのおばあちゃんもね」
「鈴子さんも夢を見るの・・・・?」
「ええ、見てる。そろそろ、こちらに来なさいと毎晩呼ばれるの。だけど、あと一年耐えなきゃいけないの」
鈴子さんは「そうか・・・葉子ちゃんもなのね・・・」と言って、どこか嬉しそうに笑っていた。

そこから1年後、鈴子さんはこの世を去った。
最後の1ヶ月はとうとう夢の中に仏様たちが自分を囲んで説得しにくると言って、笑っていたが、とうとうその説得に応じるわ、と言って2日後にいなくなった。

赤田家の女は祖母だけになってしまったが、祖母も認知症になり、詳しい話はできないままだ。
けれども、赤田家の女は夢を見るという言葉は忘れられず、忘れられない夢はいつかなにかの点と線につながると思い続けている。

お昼頃に家を出発し、韓国料理やで食事を済ませる。
幼稚園の選挙場に着くと、旦那と私はそれぞれ該当者の名前を投票紙に記載をし、出口に向かった。

「これからどうするの?」
「ちょっと散歩しようかな」
「私もちょっと用事がある」

挨拶もそこそこに私たちはお互いの背中を向け、反対方向に進む。
悲しいな、と素直に思った。
どうして、こんな寂しい二人になったのだろう。

路地を歩き、駅に向かおうとさらに進む。
狭い小路を進んでいくと目の前に赤い鳥居が見えてきた。

「銀杏の木が両脇に・・・」

赤い鳥居の両脇に銀杏の木がたつ、神社が目の前にあらわれた、

「元鶴岡八幡宮・・・」

夢で見た場所に似ている。
ここは源氏と鎌倉がつながった場所。

赤い鳥居をくぐり、参拝する。
そういえば、きちんとご挨拶にきていなかった。
なにかお告げや出来事が起こるかと思ったが、夢で見た場所はただ静かにそこにあり、しばらく銀杏の木に手をそえて、生き物の冷たさを感じていた。

鎌倉の地はやっぱり面白いな。
夢で「挨拶しなさいよ」と言ってくるんだから。

参拝を終え、しばらく歩いているとカフェを見つけた。喉も乾いたし、お茶をしよう。そう思い立ち寄ると満席だと言われた。
残念だが、帰ろうとしたとき「むーちゃん!」と呼ばれた。

机の席に本を読む旦那がこちらを向いていた。
「あれ!なんでいるの?」
思わず声が弾む。
「いや、本読もう思って。ここ座れば?」
「うん!」
狭い街だけど、このタイミングでどうしてこの人と会うんだろう。
面白くて、おかしい。
「なに笑ってるの?」
ニヤニヤしている私を訝しげに旦那が見てくる。
「いや〜うれしいな、って思って」
「・・・おもろい人やな」

なんだか、スラスラと会話ができてる。
夢の話をしようと思ったけれども、言葉を飲み込んだ。

これは、元鶴岡八幡宮の神様が仕組んでくれたちょっとしたきっかけかもしれない。

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