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ケアテックの陥穽 AIと介護3


1.デジタル情報と生命情報

(1)情報の区分

 基礎情報学[1](Fundamental Informatics)では情報を生命情報、社会情報、機械情報の三つに区分しています。 

  • 生命情報(life information):生き物の生命活動と不可分の情報で、歯が痛いとか、綺麗な花に感動するとか身体から生まれる原基的で主観的な情報のことで広義の情報概念です。

  • 社会情報(social information):生命情報を言語や画像、ジェスチャーなどの記号で表現したものでこれが狭義の情報概念。

  • 機械情報(mechanical information):社会情報を時間空間をこえて効率よく伝えるためのもので、0/1信号からなるデジタル情報は典型的な機械情報でこれが最狭義の情報概念です。

 例えば、祝電の電気信号は機械情報ですが、それは祝辞という社会情報であり、祝辞の文章には、お祝いの気持ちという生命情報がこもっているのです。

(参照:西垣通2023「超デジタル世界-DX、メタバースのゆくえ」岩波新書p94,95)

(2)機械情報を偏重する社会

 現代のデジタル社会は機械情報を偏重した社会になっていますが、もっと人間の主観的世界、生命情報を大切にしなければならないと思います。これを無視すると人間は物理化学的な単なる機械のような存在としか見なせなくなってしまいます。

 客観的科学的な情報は外側から対象を観察し得られる情報です。機械については客観的にその作動を分析すれば十分でしょうが、人間は主観的世界、経験を理解することなしには彼・彼女を理解したことにはなりません。もちろん完全な理解は原理的に不可能でしょうが。 

 心または意識の働きは全て脳の生理化学的反応によって決定されており、心など幻想だと言う人もいるかもしれません(脳決定論)。しかし、脳は外側から客観的科学的に記述できますが、意識・心はあくまでも主観的存在であり意識の志向性を辿たどり、内的に観察するしかないのです。 

 介護業界では近年、エビデンス主義(EBC:Evidence-Based-Care)がもてはやされています。このエビデンス主義とは科学的証拠に基づいて意志決定や行動をするというアプローチや思想のことですが、介護現場でもエビデンス主義に基づき情報のデジタル化、機械情報化が進んでいます。
 
国を挙げて取り組んでいるLIFE(科学的介護情報システム)が扱う情報は基本的には機械情報か社会情報であって生命情報ではないということに留意する必要があります。

 介護は人間を相手にしているのです。介護は人間の相互関係、相互行為であって、その中で最も大切な情報は、個々人が持つ主観的な生命情報だといえます。
 
このことを忘却してデジタル情報、機械情報だけを偏重してはいけません。

 エビデンス(evidence:科学的根拠)は重要ですが、それを偏重してしまっては、介護は立ち行かないのです。

 2.自民党「ケアテックを起点とした介護DXに向けた提言書(案)」の危険性

(1)提言の概要

 2023年5月17日、自民党ケアテック[2]活用推進議員連盟と一般社団法人日本ケアテック協会は政府への提言として「ケアテックを起点とした介護DXに向けた提言書(案)」をとりまとめています。

 これを報じた高齢者新聞Onlineの見出しが「AIケアプラン前提に」政府へ提言、となっておりケアプランもAIで作成することになりそうです。
 この提言書では次期報酬改定に向けて、介護業界の生産性向上推進のため次のような提案をしています。

  • AIの予測によってケアプランを提示し、それに基づき介護支援専門員が確認、承認するプロセスを前提としていくべき。

  • 施設系サービスにおけるICT活用の保険[3]収載しゅうさいの進展。

  • 在宅介護におけるケアテックの保険収載の仕組みの導入。

  • 省力化と自立支援を両立するケアマネジメントの推進。

  • 医療・介護分野におけるデータ連携の実現。

 (参照:高齢者住宅新聞Onlone 2023.06.12)

(2)提案の問題点

 この「ケアテックを起点とした介護DXに向けた提言書」には大きな問題をはらんでいます。

 危険な思想といってもよいでしょう。

 ① 目的は相対的剰余価値

  この提言の目的は介護事業の生産性向上による 相対的剰余価値の獲得です。相対的剰余価値については以下のnoteをご参照願います。

 ② AIが実質的に担うケアプラン

 ケアプラン作成の効率化を徹底しようとすれば職員の確認、承認は極力簡便かつ短時間であることが求められます。そのため、ケアプラン作成はAIの活用というより、実質的にAIが担うようになるでしょう。 

 ③ 大企業優遇政策

 ICT活用は介護報酬上の加算対象となりますが、大前提となるICTの活用には設備投資、人員教育などの大きな初期投資が必要となります。よってこれは大企業に有利となり、大規模事業者優遇政策の一環でもあります。

 もちろん、ICTを整備しようとする事業者への補助制度(介護テクノロジー導入支援事業)もあることにはありますが、補助額、補助率は限定的です。

 介護テクノロジー導入支援事業 ⇒ https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001258062.pdf

 ④ 省力化と自立支援強化

 さらに、提言書でいう「省力化と自立支援の両立するケアマネジメント」とは、DX(デジタルトランスフォーメーション)[4]やICTなどを活用し職員の手間を軽減(省力化)するとともに、自分のことは自分でするように徹底的に指導・訓練して当事者(利用者・入居者)の自立を強く促す(自立支援)を目的としたマネジメントでしょう。
 要するに、働く側と介護を受ける側、双方の省力化を図るというものです。

 ④ AIに使われる職員

 結局、DX、AI等を導入し、少ない労働力、労働者でも介護サービスを提供できるようにするために、労働者は黙ってAIの指示に従えという風潮になって行くことでしょう。人間がAIを活用するのではなく、実質的にはAIに使われることになるのです。

 ⑤ アウトカム至上主義

 また、介護のアウトカム(outcome:結果、状態改善)評価のため、指導・訓練によって当事者の自立度を向上させることが至上命令となり当事者は死ぬまで改善目標に向けて鞭打たれる存在となります。

(3)AIは取扱注意の危険な道具

 これが、介護の生産性向上、効率化、省力化の内実ですが、想像しただけで恐ろしい世界です。

 クラウドAI [5]は非常に便利な道具であり、当然、介護現場にも取り入れていくべきです。
 しかし、このAIは取扱注意のかなり危険な道具だということを忘れてはなりません。AIを第二の原子力にしてはならないのです。
 そのためには、クラウドAIの思想的バックボーンを理解し、AIの限界、領域をしっかりと見据みすえておく必要があるのです。


[1] 基礎情報学 (Fundamental Informatics) は文系理系にまたがる情報学の基礎をネオ・ サイバネティクスの方法論にもとづいて探究し ていく新たな学問。

[2] ケアテックとは「介護」と「テクノロジー」を組み合わせた造語で、在宅や施設における介護実務やマネジメント、運営業務全般など幅広い領域でAIやIoT、ICT、クラウド、ビッグデータ解析などの最先端技術、さらにそれを応用した製品やサービスを指す。

[3] 収載とは書物や資料などにのせること。収録。ここでは介護保険の加算等の対象とすること。

[4] DX(デジタルトランスフォーメーションdigital transformation)とは、デジタルテクノロジーを使用して、ビジネスプロセス・文化・顧客体験を新たに創造、改良して変わり続けるビジネスや市場の要求を満たすプロセス。

[5] クラウドAIとは、あらかじめクラウドにAIシステムを構築しておき、ユーザーがクラウドにアクセスすることで利用できるAI技術


 以下のnoteもご参照願います。





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