『ささやくもの』
やれやれ、やっとひと段落着いた。ワインを一杯、と台所に立ったついでに窓の外をのぞくと、目がいたくなるような青空。ここ数日の悪天候が嘘のようだ。そういえば、先週末から缶詰め状態で全く外出していなかったことに気づき、久しぶりに散歩に出ることにする。暑いのか寒いのかもよくわからないので、とりあえず羽織る物を手に、スニーカーをつっかけて外に出る。日差しは強いけれどものすごく暑い、というほどでもない。さて、勢いよく外に出たものの、取り立てていく当てもない。ちょっと迷ったが、結局いつもの公園に行くことにする。久しぶりの天気とあって人が多い。向こうの方から陽気な音楽が聞こえてくるので行ってみると、にわか仕立てのステージで、ミニコンサートをやっている。ちょっと聞いていくか。ぐるりと取り囲む人々から少し離れたところで、木にもたれ、そうして私もしばらく音楽に聞き入っていた。どのくらいたったのか、ふと気づくと、誰かのささやく声がする。隣の人の独り言かと思ったが、どうもそうではないらしい。空耳か、どれそろそろ行くか、と身を起こした瞬間、また同じ声がする。今度ははっきり自分に話しかけてきたのがわかった。「先日は、もう少しご一緒していたかったのに、残念でした。」振り返ってみると、木の枝に小さな小鳥が止まっている。まさか。いくらなんでも、小鳥が喋るわけもあるまいと思っていると、小鳥は重ねてこういった。「この間はごちそうさまでした。でも何よりうれしかったのは、あなたが話しかけてくれたことです」何を言われているのか、たちどころには理解できなくて、わたしは戸惑った。小鳥はじっとこちらを見ている。その姿を見ていて思い出した。ああ、あの時のことか。あれを言っているのだな、この小鳥は。そうだ。あれは缶詰めになる前日。この同じ公園で、池の前のちいさなベンチで、確かにこの小鳥と話をしたのだった。勿論あの時は、私のほうが一方的に話しかけていたのだったけれど。「思い出しましたか? あなたは私の言うことを分かっていらっしゃらないようでしたが、あれは本当に、心温まるひと時でした。」まるでこちらの考えを見透かしたようなことを言う。「またお話ししたいと思って、毎日ここで、あのベンチで待っていました。あの時は、いきなり帰ってしまわれて。何か私がいけないことをしたのだろうか、とずっと気になっていたものですから。」いやいやあの時は、突然メールが、すぐにも仕上げなければならない急な仕事のメールが来たのでね、それで、と言いかけたところに、サッカーボールが飛んできた。小鳥は姿を消した。