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[読書メモ] Business Agility① / 山本政樹

企業の成長はもちろん個人としてより良く生きるために必須の能力「ビジネスアジリティ」について定義し、ビジネスアジリティの構造や特徴について網羅的に解説されている。ビジネスアジリティが組織能力に分類されることを念頭におくことで、デジタルトランスフォーメーションの成否を分ける本質的なポイントについても理解が進められる書籍。読書メモ①。

 

第一章 変化に適応する組織能力 ビジネスアジリティとは

ビジネスアジリティという言葉の定義は個人や団体によってさまざまです。<中略>本書ではこの言葉を「事業構造を外部の環境変化に対して素早く適応させると同時に、自ら変化を生み出すことを可能にする組織能力」と定義しました。

Business Agility|P.22

ビジネスアジリティを「組織能力」と定義している点が重要。DX(デジタルトランスフォーメーション」が失敗しやすいのも、システムのデジタル化に注視し過ぎて、「組織能力(組織のケイパビリティ)」の観点を見落としていることが多い。

「経営者が戦略を考え、現場が実行する」という考え方は崩れ、経営者は現場の戦略立案と事業運営をアドバイザーとして支援しつつも、新規事業への投資や既存事業からの撤退を判断する投資家のような立場になっていきます。

Business Agility|P.29

企業経営が常に健康状態を保つためにはこの考え方はとても重要で、細胞分裂や新陳代謝を促進し続けることで生命活動を維持することと似ている。持ち株会社(ホールディングカンパニー)も、本来はこの考え方を志向すべきかもしれない。

かつてのビジネスアジリティの議論は、経営学の議論が中心だったこともあって「企業の成長のために」「変化の速い時代で生き残るために」という経営側の文脈が強かったことは事実です。しかし、今の議論はそれだけではなく「だれもが自分らしく生きるために」「より良い社会を実現するために」という組織の所属する個人の側の意識も反映されています。

Business Agility|P.50

企業経営だけではなく人間社会のウェルビーイング(Well-being)が持続し続けることが重要。つまり、企業自体のビジネスアジリティだけが向上しても、本質的に人間社会のウェルビーイングが持続しなければ企業経営も持続しないことを示している。短期的な企業経営改善の視点だけでは、ビジネスアジリティを獲得できないということ。

第二章 新事業の創造

変化の速い時代の経営からすれば「先月の売上」よりも「今、この瞬間のサイトの訪問客数」の方が大切な意思決定情報なのです。

Business Agility|P.72

マルチモーダルなデータ(テキスト、音声、映像など、複数の形式や手段を組み合わせて取得されたデータ)をリアルタイムに取得する活動の重要性にも繋がる。さらに、マルチモーダルデータ取得から意思決定までもが自動化されれば人間中心社会の実現は理論上可能であると考えられる。

論理的な正解よりも、個人の主観と洞察を大切に

Business Agility|P.73

一時期流行した「論破」とは全く逆の思想。アリストテレス哲学の視点で考えた場合、人間は本質的に「善い」という上位の根本概念を理解しているので「論理」よりも「主観」を大切にするという点は共感できる。但し、ある時期や側面で「善い」とされているものも、別の時期や側面で「悪い」ものになりうるので慎重な判断と見直しを要する。

個々の事業を推進していく事業推進チームには、バランスのとれた能力が必要になります。市場や顧客への好奇心や洞察がすべて根底にありつつ、データ分析のリテラシや、戦略を素早くビジネスプロセスに落とし込むためのプロセス設計の能力、さらにはデジタル技術を活用する能力も必須になります。

Business Agility|P.76

これはビジネスアーキテクトに求められる能力・スキルと同じ。特にビジネスプロセスに落とし込むためのプロセス設計の能力は、『現状のビジネスプロセスを可視化する能力』、『事業や社会構造を改善するために必要となるプロセスを特定する能力』に分割できる。市場、顧客、デジタル技術など人間が関わるあらゆる事象に興味が持てるかどうかが、この能力が備わるかどうかに強く関係してくると思われる。

一般にビジネスプロセスの設計においては、お客様にサービスを提供する基本のプロセス設計よりも、異常時の対応プロセスや、事業状況を管理してトラブルを回避するためのガバナンスプロセスの設計の方が多くを占めますが、このようなことも手を抜けないのがビジネスプロセスの設計です。

Business Agility|P.77

正常系だけでなく異常系の設計も重要。言い換えれば、サービス設計だけでなく運用設計も重要であるということ。運用設計は出来るだけ人間が関与せずに運用できる仕組みを作ることで、目指すべき人間中心の社会構造に近づけることができる。

事業推進のリーダーには<中略>異なる領域の専門化たちをチームとしてまとめ、一つの目標に向かってその力を統合する役割が求められます。

Business Agility|P.78

異なる領域の専門化を同じ目標に向かわせるためには、ビジョンの提示が必要。このビジョンは抽象的過ぎると共感が得られにくく、具体的すぎると特定の人にしか響かないものになってしまう。チームメンバー全員が自分ごととして認識するためには、人間にとって共通の価値観に訴えかけるようなビジョンが求められる。

事業投資の判断を行うのが経営者の役割です。そこには大きく分けて「投資領域を見極め、投資を承認すること」と「事業推進課程において適切なアドバイスをしつつも、継続・撤退の判断を行うこと」という二つの役割がありますが、特に後者の事業の撤退判断は経営者にしかできない大切な仕事です。

Business Agility|P.79

継続・撤退の判断が非常に難しい。この判断は、株式売買の損切りと同様にある閾値でシステマチックに実行することが有効とされている。つまり、継続・撤退の判断基準を予め決めておき、KPIマネジメントによってこれを運用・実行することで判断がしやすくなる。
むしろ、これが最低限のベースの判断基準で、あとは論理的に説明できない「主観」や「洞察」をどの程度例外的に認めるかという議論になる。

事業創造の姿を簡潔にまとめると次のような言葉になります。「市場や顧客接点からの洞察を元に、自身の直感や想いも頼りにして事業を企画する」「事業を素早くはじめて、現場の気付きを活かしながらすぐに戦略を修正する」「お客様接点やものづくりの現場に近い人が事業を推進する」

Business Agility|P.86

市場や顧客接点からの洞察は大切にするが、顧客ニーズのみに頼り過ぎてはいけないということ。自分自身の直感や想いが大切であり、これが無い事業創造は仮にその事業が失敗したときに他責にする逃げ道を発生させることになる。
また、お客様接点やものづくり現場に近い人は、事業の必要性と蓋然性を把握している人物であることが多い。

第三章 ビジネスプロセスマネジメント

ビジネスプロセスとは企業がお客様に製品(商品)やサービスを届ける一連の工程を指す言葉で、”業務”の集まりと考えても良いかと思います。

Business Agility|P.98

ビジネスプロセスは、マイクロサービスの集合体としても表現できる。

ビジネスプロセスの変革とは、プロセスを構成するビルディングブロックの中から交換させるべきブロックを抽出し、交換する作業だとも言えます。

Business Agility|P.110

事業創造において、通常はもととなる業務やビジネスプロセスが存在することを示している。業務は原材料のアナロジーで表現が可能で、ビジネスプロセスは製品のアナロジーで表現が可能。新たな事業創造において、もととなる業務やビジネスプロセスをベースに拡張や改善を考えることで現行の業務やビジネスプロセスを再利用したり有効活用したりすることができる。

経営学では、それぞれ違う経験や専門性を持った人々がお互いにつながり、ノウハウを交換しながら連携する組織は高い生産性を示すといわれており、このような考え方を「トランザクティブメモリー」といいます。

Business Agility|P.116

・トランザクティブメモリー(Transactive memory):同一の知識を組織の全員が記憶するのではなく、組織内の「誰が何を知っているか(Who knows What)」を共有することを重視する考え方のこと

個人の知識(ナリッジ)も、書籍の全てを丸暗記しているのではなく、「どの本に書いてあったか?」を覚えておくだけでも十分に知識を活用できることと同様。目次(インデックス)のようなもの。

どうやら日本は現場での実践から素晴らしいノウハウを生み出しても、これらをしっかり形式知に落とし込み、体系化することは苦手のようです。

Business Agility|P.125

・形式知:文章、計算式、図表などにより、客観的、論理的に言葉で説明ができる知識のこと

日本古来の職人技術が俗人的であることからもこれは伺える。また、日本発でフレームワークが国際標準化されるケースも少ないことからも伺える。


[読書メモ] Business Agility② / 山本政樹 に続く


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