活動記録ー息子との関わりで気がついた
不登校から登校するようになった息子君。
学校へ復活した。(いまだに、それが良かったことなのか、悪いことなのかはわからないし、どっちでもよい)
大切なのは、毎日を息子君がどんな気持ちで1日を学校でも、自宅でも過ごしているかを見ていく事だと今は思っている。
その中で、私の不安や心配というフィルターを通して息子君を観ていた結果起こったことがある。
それが、昨日の朝を起こすか起こさないかの出来事。
今、彼は学校へ復活したとは言え、急な環境の変化や、生活リズム、活動量の変化など、様々なことが身の回りで起こっている状態。
その、大変な中でも、自分の足で、毎日少しずつ前へ前へ前進を続けているのだ。それが、彼が今、頑張りたい事。頑張っていること。そうやって、今までの不登校であった自分を塗り替えていってるのか、進化させていってのだ。そこに、親がどのように、大人がどのように、先生がどのように関わっていくことがいいのだろうか。
やりながら、挑戦しながら、失敗と成功を繰り返しながら成長していけばよい。そう思う私と、どうしても、私が主体の不安や心配から良かれと思って手を出してしまったり、余計なこと言ってしまったり、時には子どもが心配なことに気がついてあげれなかったり。
でも、人ってお互いに、私はこう思っているよ。私はこうして欲しいんだ。私はこういうことを大切にしている。私にとってはこれが優先なんだ。私にとってこうされるのは嫌なんだ。
そうやって、言葉にして伝えないと伝わらないことって多い。言葉で伝えることが大切。人間は言葉を持っているし、感情ももっている。だから、感情や心、気持ちを言葉で伝えることが必要なんだよね。
外見からだけでは、怒っているのか、嬉しいのか、悲しいのか、楽しいのか、相手の憶測でしかないよね。
相手の気持ちを確認しないで、憶測や妄想だけではすれ違うことの方が多いし、それがほとんどだよね。
それが、昨日の朝の息子君と会話で気がついた。
だって、私は息子君の自立の邪魔をしたくなかったから、朝起こさなかった。気を使ってそうした。
息子君は、朝遅刻しないように行けることを大事にしていたから、朝起きることを大切にしていた。
お互いに、その大切にしていることがわからなかったからすれ違った。
でも、息子君にして欲しいことは言ってくれたら協力するよって伝えれた。
そう伝えるだけで、息子君の気持ちは穏やかになったし、私も穏やかに気持ちを整えることが出来た。その次の日は、お互いに穏やかな気持ちで朝を迎え、息子君もいつものように焦りすぎることなく、落ち着いて学校へ行く身支度をして出発した。
学校から帰ってきてからも、「あ~つかれた~」と思いっきり感情を出せていた息子君をみて、なんだが安心したし、嬉しくなった。
いつもは、学校が楽しくなかったのか、いやいや行ってるのかなと思うぐらいに暗い顔で帰ってきては、すぐに部屋に閉じこもってしまっていて、ほとんど会話もなく、沈黙していたから。
そこから思うと、今日の反応はなんだか、またひとつ変化が見られたのかなと思う。
そこに、気がつけている私自身も心が穏やかなんだと思う。
言葉で伝えるだけが正解じゃないとは思うけど、言葉を扱えるって大切だよねって学んだ。
いつも、大切なことを教えてくれる子どもたち。
こどもの存在があって、私も成長できるし、たくさんの気づきを与えてくれる。
人と人の関りがあるから、人って成長出来るんだよね。
つくづく、そう思った。
大切なこと。