呪いを解くために書く
今日は完全に自分への覚え書きとして、呪いを解くために書く、ということを書きます。
これからは、どんどん書き捨てていく。
量を書いてきた
去年始めたライティングの案件も、終わりが見えてきた。
はじめてのことだったから、戸惑うこともあったし、実りも大きかった。
これまでに勉強してきたライティングの知識が、間違いではなかったんだという手応えもある。
読んだ人にとって何かためになること。
気づきになることを書くのがいい。
文体だって「です」「ます」がいい。
そっちの方が取っつきやすく見えるからね。
それに従って、書いてみた。
結果、すごく良いフィードバックがたくさんあった。
ただ、今回「たくさん書く」ということをやってみて、「つらいな…」と思った瞬間がある。
完璧主義の壁が迫ってくるのだ
それは「ちゃんと書かなきゃ」という不安。
完璧主義が先走って、私は置いてけぼりになって、文章を書くことがめちゃめちゃつらくなる。
お風呂と一緒。
どんなに内容が緻密で、素晴らしくても、数を書けなきゃ意味がない。
これまで書いてきて、そしてここ最近で、ありがたくも良い言葉をたくさんもらってきた。
「読みやすい」
「リズムがいい」
それでも、自分自身が一番自分を信じていない。
信じていないから、これまでの完成品と、手元の未完成品を比べて、ずっと苦しんでいる。
これまでのはただのまぐれで、私はこんなに書けないんじゃないか?
草稿から、完璧な文章と構成を書かなければいけない。そう力むのを繰り返してしまう。
今までだって、書き直してつなぎ直して組み替えて、レース編みのように作っていたのにね。
でも、その感覚が毎回消え失せるから、「文章とはちゃんと書かなきゃいけない、めちゃくちゃしんどいもの」という後味だけが残る。
学生時代に、人の作品を見てはああだこうだ言っていた私に、友人が言った言葉が思い出された。
「じゃあ書けよ!」
呪いよ、消え去るか
ライティングが、私の人生でどういう存在になるか、まだわからない。
でも、どちらにしても、完璧主義を均さないとダメだ。
完璧主義は、私にとって「呪い」だ。
だから、呪いを解くために、書き進めてみようと思う。
100字でもいい。
誰も見てないかもしれない。
究極、誰も見ていなくてもいい。
とにかく書き捨てればいい。
以前、毎日更新していたときには覚えていた感覚だったはずだけど、やっぱり続けていないと忘れてしまう。
自分のために書く。
前回は、「自分で書いたものが読み返すのが楽しい」から取り組んだ。
今回は、「呪いを解く」ために書く。
誰かのためにはならないかもしれないけれど、ときどき、こういうことも残していこうと思う。
(メモ:ポメラで35分)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?