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【ミステリー詩】堕ちる月影

Ⅰ. プロローグ──黄昏のビル街


ざわ… ざわ… 
 ビル ビル  ビル
   オレンジの夕陽 ビル
     小さな悲鳴

静かに上がる連続殺人の幕
 ――必ず現場に残される一枚の“絵葉書”

カツ、カツ… 
 アスファルトを叩く足音 
   真下(ました) ルナ
     今日赴任したばかりの新米捜査官 

くぐもった風 
 深い群青色の空
  ビル 悲鳴のように揺れる小さな光 ビル 

Ⅱ. 第一の現場:ホテルの一室 

  —— 被害者:浅井 ナツミ(25歳・OL)
  【ホテル7階 客室706】
     ドア         キャリーバッグ
       スーツ用コート     散乱した化粧ポーチ
    メモ「明日の出張スケジュール」  着替えのワイシャツ
                ───────── 赤い痕

廊下
    ◇足跡
      ◇足跡    かすれた血
    ◇足跡   薄い血
  清掃用カート       赤いしみ

      倒れ込む浅井 ナツミ
        ブラウスの胸元に滲む深紅
      中身が散乱したハンドバッグ
    スニーカー片方だけ   画面の割れたスマホ

ベッド脇
    パスポートと搭乗券
      乱雑に折れたメモ用紙
     開いたスーツケースのファスナー
    こぼれ落ちた資料の端に血の跡

サイドテーブル
  一枚のポストカード
    「満月を映す湖」の写真
      裏面: “Traces of Moon…? Good luck.”
  にじむ赤い筋と、掠れた文字列

―― 後日談 ――
浅井は差出人不明の葉書に怯え
 ホテルを取っていた形跡
   周囲には
    「彼女は誰かに追われていたのかもしれない」
 と囁く声
しかし真意は暗闇の中

Ⅲ. ダダ的断片 — A 


ダ ダ ダ 
 意味の揺らぎの中で 乱れ舞う記号たち 
 『あの被害者は 恋愛トラブルを抱えていたらしい』? 
 『いや 投資詐欺に巻き込まれていた』? 
耳に飛び込む 無数の憶測が 
 カラカラと 軋(きし)むように転がる 

〈捜査メモ:別の捜査官が急病で離脱、 
      シルエットだけが映る不審人物が監視カメラに?〉 

ダ ダ ダ 
 論理を積み上げようとするたび 
  赤い水面が 足下をさらっていく 
トリックスターは 満ち欠けする月を眺め 
 ただ 静かに笑うだけ 

Ⅳ. 第二の現場:アトリエ 


  —— 被害者:高槻 ショウタ(33歳・イラストレーター)
  【ビル5階 アトリエ入口】
     暗色のドア        鍵は開いたまま
       床に転がる携帯灰皿     ランチの包み袋
    ポスターの切れ端    スケッチブックの表紙
               ───────── 赤い跡

作業台
    ◆絵の具チューブ
      ◆筆洗い容器    にじんだ色水
    ◆パレット   乾いた筆
  資料写真          飛び散る赤い斑点

     倒れ込む高槻 ショウタ
      シャツの背中を真紅が浸す
    折れた筆先が床に散乱
      腹部を覆う手から、血が滲む

未完成のキャンバス
    濃紺の夜空
      湖面に揺れる銀色の月
  途中で止まった筆跡
    まるで何者かに阻まれたような痕跡

デスクの上
  封筒の切れ端 「In silva, luna…?」
    ポストカードが横倒し
      指紋らしき赤い痕が浮かぶ
  隅に転がるマグカップには
    冷えきったコーヒー
      その底にも血が混じる

―― 後日談 ――
高槻が抱えていた騒動
 過去の盗作疑惑?
   真偽の定かでない噂がアトリエに漂う
     ただ 満月の湖だけが
       謎のまま揺らめく

Ⅴ. ダダ的断片 — B 


D A D A 
 溺れるように増殖する “月の湖” 
『高槻は 詐称アーティストとグルだった?』 
『浅井は 汚職に加担していた?』 
耳障りな噂が 断片的に浮かんでは消える 

…監視カメラの映像に 後姿の人物。 
 背格好は 被害者と面識ある者? 
どこかで捜査官が その名を呟く: 
 「Minori L.? Mori Lake…? Marion…?」 
 何が本当で何が誤情報か 
 ダ ダ ダ 
 混沌の渦が 正体を隠す 

Ⅵ. 第三の現場:図書室 


—— 被害者:古瀬 マリコ(45歳・図書司書)
【図書室】

  暗色の書棚       キャスター付き脚立
    返却予定の本   パラパラと開きかけの辞典
       ――― 床 赤い滴 赤い滴 赤い滴

   カウンター
     開いたままのPC
       画面に残る検索履歴
    国際郵便の封筒    湿った封シール
      中身は 満月を映す湖のポストカード
        “Meet me at the waterline. -M.L.”

書棚の脇
   倒れ込む古瀬 マリコ
     胸元を貫く鋭利な傷
       薄く震えたままの手
    視線を カウンターへ向けた形
      助けを求めていた痕跡

散乱する図書目録ファイル
    べったりと血の付いたページ
  読み取れない書架番号
    何かを書き足したようなインクの跡

真下ルナ
 ファイルを拾い上げようとして 止まる動き
   苦い息遣い
    「Marion… Lake…?」
      震える唇

同僚捜査官
 不思議そうな顔
  「ルナさん 大丈夫?」
だが 首を振る彼女
 沈黙

―― 書棚の奥に拡がる闇
    埃の混じる匂い
      血痕がじわりと広がる床
 満月の夜を封じ込めたポストカード
    どこまでも続く静寂

Ⅶ. ダダ的断片 — C 

( !!! ) 
 DADAはあざ笑う 
『Marion Lake』――誰だ? 
 古瀬マリコと 同名? 違う? 偶然? 

噂は踊る: 
 「過去に詐称していた画家がいた?」 
 「似た名前の人物が アトリエで騒動を起こした?」 
ダ ダ ダ 
 ほんの僅かな事実の欠片を 大きく膨らませ 
 人々は いくつもの誤謬に落ちてゆく 

そして その傍らで 
 新米捜査官 真下ルナが ずっと小さく震えていることを 
 誰が気づくだろう? 

〈まるで 月の湖に沈む影のように、 
  真実を隠そうとする瞳が 闇に揺れている〉 

Ⅷ. 終幕 — 月影に溶ける真実


【捜査本部】 
 壁に貼られた事件資料 
  浅井、高槻、古瀬… 
    いずれも “満月の湖” 絵葉書を受け取り、殺害 

捜査官たちが集めた断片: 
 過去、盗作疑惑や詐称アーティスト事件に 
 密かに関わる被害者たち 
 そこに浮かぶ名… “Marion Lake” 
 ―― 素性が曖昧に記されたファイル 
   不確定のままの真相 

静かに立ち上がる 新米捜査官 真下ルナ
 彼女の手 一冊の古い画集 
  表紙には “Marion Lake Exhibition” 
    5年前の日付

 低く、震えるルナの声 
  「わたしがMarion Lake」

一斉に床に落ちる資料
 ルナを貫く捜査官たちの視線  
 潤んだままの瞳 かすかな笑み 

―― “盗作犯”として世間から糾弾された彼女 
 同僚たちの裏切 
  彼女を犠牲にし被害者たち

「わたしの、捜査官という立場を使った復讐」 

窓辺のルナ 
 満月の光
  青白く照らす彼女の横顔
「これで 全部終わり。 
 ……あとは 影が閉じる」 

 一瞥すらくれず 消す笑み 
 ―「月は満ちたら欠ける。 それだけ」― 

閉まるドア 消えたルナの姿 
廊下  かすかなヒールの音 
 闇を裂く波紋 

Ⅸ. エピローグ — 夜明けに眠る湖


深い夜 ようやく抜け出した街 
 白い朝 
凍り付いた捜査本部の部屋 
 机の上 揺れる月と湖のポストカード 

差し込んだ一筋の朝陽
 ゆらめく絵葉書 
  裏面に記された血の言葉 
   ―― ‘We shall meet under the moon.’ 

遠い未来に 
 再び 月夜の湖で逢おう
誰かの足音 コツ…コツ 
立ちすくむ残された者たち

静かに揺れる湖面
 もう誰もいない岸 
   また昇る月 
    永遠の影が落ちた水面 

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