寅 薬 師    第四日目

 四日目を迎えた。四月十日、日曜日である。ひょっとして、と考えた。この寅薬師、近在の方々の協力なしには行われ得ない。地区の集会所に薬師さまを安置しているところも多く、在の方が長机にご朱印を用意して待っていてくれていたりもする。であるならば、平日は無理でも日曜に合わせ開帳している札所もあるかもしれぬ。
 そこで九番花影薬師堂に立ち寄ってみた。初日同様森閑としていたのだけれども「御開帳はしません」との貼り紙あり。お、意思表示してくださった、幸先がいい。次は絶対に賑やかにしているはずの十番に行くのだから。
 そう初日、準備作業の真っ最中で声をかけるのがためらわれた坂戸元町薬師堂である。無数の赤幟、鮮やかな幔幕、境内に建てられたテントと大勢の人々、熱気に包まれた薬師堂の中へ招かれ、坂戸のお薬師さまの由来を詳しく語ってくださる。12年に一度の祭礼なのだ、地域こぞって祝っていることが伝わってくる。
 
       家内安全 諸願成就 武 州 坂 戸
(梵字ベイ)奉請南無藥師瑠璃光如来如意円満吉祥祈禱攸
       難病息滅 福壽長久 札所十番藥應山

お札も下さる。もてなされ満ち足りた気持ちになって、出立だ。十二番以降の、前日までに閉じていた札所を順に巡ってみることにしよう。
 だが鶴ヶ島から川島にかけての七カ寺をめぐってみて、やはり幟を見ることはなかった。三十二番三保ノ谷養竹院ではお寺の方が対応してくださった。円覚寺百観音霊場のご朱印はあるが、寅薬師の用意はない、けれどせっかくだからご本尊にお参りをと内陣へ案内された。手を合わせる。
 それならば、先へ進もう。北へ、都幾川を越えて四十九番葛袋萬蔵寺を探す。探し当てたが幟がない。ちょうど庫裏から出てきた人がいる。尋ねると、「詳しいことは知らないけれど、あちらのお堂に旗が出ているようですよ」、と教えられるままに川近くのお堂へ行けば赤い幟に大きな白い幟、紅白の幔幕、無人のお堂にお札が用意されてあった。
 のどかな風景の中、五十番石橋定宗寺はいくつかの伽藍のある古刹、ご住職が親切に筆を運んでくださる。
 五十一番は下見で少々迷ったところである。12年前のガイドブックには成就院とあるのだが、訪ねあてられなかったのである。地図にしたがい一巡二巡し、とりあえずそこにある堂々たる浄光寺に行ってみたら、なんのことはない、大願山成就院浄光寺と書かれてあるじゃないか。ここなら藤の花がきれいに咲いているときに来たこともあった、ここでいいのか。
 と訪ねあてることができていたのであるが、このたび他の札所でいただいた一覧表には下青鳥圓光寺が五十一番になっており、またまた頭が混乱してしまった。とはいえ、ほかに当てもなく成就院浄光寺駐車場に車を停め、広い境内に入っていく。山門、手入れの行き届いた植え込み、地蔵堂、本堂、客殿。庫裏の方に赤い幟が見える。インタホンを押すとはいはいとお寺の方が朱印帳を受けてくださる。できあがったご朱印には、奉拝薬師如来の太い筆字のあとに大願山圓光寺の朱印。う~む。
 五十二番は下青鳥花蔵院だ。畠地と住宅が混在する静かな道、「下青鳥会館 老人憩いの家」という大きな表札を掲げた集会所がそれだ。残念ながら人の気配はない。
 今日は五十三番上押垂泉蔵寺までとしよう。花蔵院からさらに都幾川に近づいた所に建つやはり集会所然とした建物だが、その一番奥まったところがお堂の造りになっている。お堂には薬師さまのほかにも、東松山市指定文化財でもある十一面観音立像や元禄年間に奉納された絵馬なども収められている。堂守の方がお二人、朱印帳にペン字、墨印と、解読できないが恐らくは寺号があたかも迷路図のように配された四角いご朱印を、隅立て角紋のように斜めに押してくださった。
 うむ、満足。

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