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ブルックナーの第八、そのレアな初稿を聞いた

8月7日、シドニー交響楽団によるブルックナー交響曲第8番の演奏を聞きに行った。

僕、ブルックナー大好きなんすよね。高校時代は吹奏楽部で下手くそなラッパを吹いていたのだが、同級生のホルン吹きに無理やり聞かされたのがきっかけだけど、段々ハマってきて、ついにはブルックナーオタク(ブルオタ)になってしまった。

ちょうどその頃は、日本、いや世界に名だたる(?)ブルックナー指揮者、朝比奈隆御大の全盛期で、彼が東京に来るたびに聞きに行っていたものだ。

ところが、シドニーではブルックナー、全然演ってくれないんだわ。人気が、全然…ない。

特に今年はブルックナー生誕200年だというのに、今年演奏されるのはこの一曲だけ!日本では、けっこう頻繁に演奏をしているらしいのになあ…。
さらにプログラムを読んで驚いたんだけど、1932年創立のシドニー交響楽団の歴史の中で、この作品が演奏されたのは過去4回だけだそう。それって、少なすぎません?

今回は、そんなレアなブルックナーなのに、それに輪をかけてレアな初稿で演奏するという…攻めてるなあ。

初稿とはなんぞや、ということを簡単に説明すると、この第8番はいちおう1887年に完成したんだけど、演奏をする予定だった指揮者に「こんなのできねーよ」と拒絶されてしまった。

ショックを受けたブルックナーが時間をかけて書き直した1890年バージョン(改訂稿)が演奏されることが多いが、最近では初稿も悪くねーぞ!と演奏される機会も増えて来ている。

今回の指揮は、当楽団首席指揮者のシモーン・ヤングで、彼女はその初稿を元にしてブルックナーの交響曲全集をCDにしているほどなので、そりゃあ行かなくちゃだよね。

さて、今回の席は、ステージのすぐ横にあるバルコニー席(チケット代が安いので)。
チューバがすぐ眼下にあったので、一音一音がよく聞こえてやや困ったが、それ以外は音響的に問題ないし、なにせステージが近いので音の迫力がたまらなかった。

前プロは、Augustin Hadelichがソリストで、いわゆるメンコン(メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲)。まあ誰もが知っている名曲だけど、個人的にはそこまで感動する曲ではないと思う。もちろん名演だったが…。

さて、休憩を挟んで、ついにブル8だ!

ハープやら、ワーグナーやらが出てきて、ステージが賑やかになってくる

静かなトレモロがホールを浸し、曲が始まる。わくわく!

初稿についてだが、ひと言でいうと、あまり整理されていない。でも、斬新さという面ではこちらのほうに分があるので、オケの中でいろんな音が蠢いているのが聞こえて、新たな発見が次々とあってとても面白い。

「おお!、ここはこう来たか!」と、一人でほくそ笑みながら聞いていた。

大きな違いとしては、第1楽章の終わりが、改訂稿のいわゆる「死の時」で終わると思いきや、そこから「ぐわーん!」と大音量で音楽が再開されて終わる。
ブルックナーの他の交響曲の第1楽章の終わり方と同じといえばそうなのだが、改訂稿を聞き慣れた身としては、わ~!とびっくりさせられる。

第2楽章では、トリオがほとんど別ものになっている。初稿の方が素朴な感じで、ブルックナーらしいといえばそうなのだが、改訂稿のあのロマンティックな方を聞いてしまうと、うーん、ちょっと物足りないなあ…と思ってしまう。

第3楽章では、クライマックスのシンバルが、なんと6回も鳴らされる。鳴る場所は第2稿と同じだが、そこで3回づつ鳴らされる。これも、「そんなにジャンジャン鳴らさんでも…」と苦笑してしまうというか。
やはり2回だけの改訂稿の方が、クライマックスをうまく表現しているのかなあ。

第4楽章は、改訂稿でもハース版の方に近い(というか、ハースさんが初稿からいろいろ「つまみ食い」をしたとかなんとか)。

そして、この長い交響曲を締めくくる一番最後の「ミーレード!」がなく(というかあまり聞こえず)、なんかイマイチはっきりしない終わり方になっているのが少し、いやかなり残念というか、もったいないというか。

という感じで、聞き慣れていないというのもあるが、初稿はたまに聞く分には楽しいけど、やはり洗練されていない。まあそれがブルックナーの(初稿の)持ち味といえばそれまでだけど、やはり改訂稿のほうが良いなあ…。

そして、僕みたいなブルオタは知っていて聞きに来ているからいいけど、それをあまり知らずにこんなチャレンジングな曲を聞く羽目になってしまった聴衆はお気の毒さま、と言わざるを得ない。そもそもブルックナーを聞き慣れている聴衆って、あまりシドニーにいないだろうなあ…。

そんなわけで、演奏が進むにつれて、聴衆の集中力が落ちて行くのが感じられ、「あらあら、皆さん大丈夫?」と、要らざる心配をしてしまった。

最後の和音がホールを揺るがせて終わった後、もちろんちゃんと拍手は出たけど、客席の反応は今ひとつだった。「何じゃこの曲は?」みたいにとまどったお客さんも多かったはず。

ヤングさんの解釈も、彼女はブルックナー全集のCDも出しているくらいなので、いわばエキスパートなのだが、その演奏と比べると、ちょこちょことテンポを動かしたり見得を張る場面があったりで、聞き慣れていないシドニー民のために「わかりやすく」演奏させているのかな?とか勘ぐってしまった。

オケも、ミスもなく技術的には素晴らしい演奏をしたので文句のつけようがないのだが、なにか違うんだよなあ…。

なんでしょう、サウンドがちょっとくっきり、きっぱりし過ぎているというか、まるでシドニーの空気みたい。これはオケのカラーだから仕方ないのかなあ。

まぁ、なんと言ってもオレはあの朝比奈御大のブルックナーを聴きまくっていたヒトだから、あのサウンドに耳が慣らされていて、他の指揮者の演奏だとどうしても違和感を感じてしまうということもあるのだろう。

というわけで、ただでさえレアなブルックナーの、そしてさらにレアなバージョンの第八を実演で聞けたという点では大満足だったけど、正直な感想としては…

「あ~、疲れた!」という演奏会でした。まあ、こういう時もあるよね。