日本で投票したこと無いヤツが、投票が義務の国のヒトになったので投票に行った
僕は、今年の2月28日にオーストラリア国籍を取得した。
そしたら3ヶ月もしないうちの5月21日に、オーストラリアの国政選挙が行われることになった。なんというタイミングだろうか。
オーストラリア名物…と言っていいのか分からんが、この国の特徴の一つとして、「選挙権(投票)が義務」というのがある。
義務なので当然それをしないと罰せられ、投票に行かないと$20-$50の罰金を食らうことになっている(どれだけそれが実施されているかはわからないけど)。こういう国ってあまり多くないのではなかろうか。
もちろん、僕はそれまで日本国民だったわけで、日本といえば投票率が低いことで有名…いや、悪名高い。
昨年の衆議院選挙の投票率は、55.93%だったそう。国民の半分近くが投票に行かなかったのだ。
「ったく、みんな無関心で…」という声が聞こえそうだが、かくいう僕も、今回こそは在外投票制度を利用し、シドニーの総領事館へ行って投票したものの、実は投票に行ったのは…我が生涯で初めてだった。お恥ずかしい限りです。
(ってことは、アレが日本国民として最初で最後の選挙になってしまったのかなあ…)
でもここで弁解させてもらうと、僕が日本を離れてオーストラリアに渡ったのは26歳の時だったので、もし投票に行っていたとしても、たぶん2,3回しか行けてなかっただろう。
また、在外投票制度というシステムがあるものの、この投票権を得るのはなかなか煩雑な手続きが必要で、普通の人なら諦めてしまうよなあ、というくらいハードルが高い。
どうも日本の選挙、投票システムというものは、あまり沢山の人に関わって欲しくないというか、
「あ~、別に行きたくなけりゃあ行かなくってもいいっすよ、そのほうがウチらも都合いいから…」というスタンスのような。
そんなもう五十路を過ぎたオッサンのくせに投票履歴が一回こっきり、という僕が、オーストラリア人になって3ヶ月も経たないうちに国政選挙に投票というかたちで参加する、いやしないといけない状況になるとは、なにやらすごいことになったなあ、と少しワクワクした。
でも、実際どうやって投票するんだろう?オーストラリアの投票方法は複雑でもある、ということは漏れ聞いていたので、これも少し楽しみだった。
国会の仕組み
オーストラリアの政体は、日本と同じイギリス式なのでわりあい飲み込みが早い。
国会は二院制で、ざっくりいうと、衆議院に当たるのがThe House of Representative(以下H of R と略す)で、参議院に当たるのがThe Senate。
The H of Rは、選挙区から一人の議員を選び、The Senateは、政党を選んで、その得票数に応じてその政党に属する議員が当選する、というのも似ている。
ただ、投票のしかたが変わっていて、Preferential Voting という方法を取る。これは、自分が選びたい候補者や政党を一つだけ選ぶのではなく、自分のサポートする順に、1から順に番号を振って投票をするというものだ。
それをどうやってカウントして当落を決めるか…というのはけっこう複雑で、僕も最初に読んだときは「へ?」と頭をひねってしまったが、まあとにかく番号を振ればいいので、あまり深く考えなくてもいいみたいだ。
投票日前には、選挙管理委員会からのお知らせがポストに入っていた。ウェブサイトももちろんあるし、何か国語か数えるのも面倒くさくなるくらい、多言語での説明文も用意されている。
さて、このような予備知識を頭に入れ、あとは投票日を待つのみ…。
投票日
さて、投票日当日。これは、土曜日と決まっているそうだ。時間も基本的に朝8時から午後6時までと決められている
さすが投票が義務、となっているだけあって、期日前投票もかなり盛ん。前日に投票所を通ったら、もう当日であるかのような賑わいだった。
他にも郵便投票、海外や、別の州での投票も可能である。インターネット投票はまだ実施されていない。
僕も最寄りの投票所に行く。投票所は、だいたい教会や学校などの施設を借りている。
行ってみると、建物の外をぐるりと巡ってかなりの行列ができていた。結構待つのかなあ…。
みなさん、面倒くせえなあ、なんて言っている人もいずに粛々と並んでいて、とても穏やかな雰囲気だった。まあ、オージーは慣れているんだろうね。
まず迎えられるのは、各政党、候補者のプラカード。そしてそのボランティアの人達がチラシを配っている。
面白いのは、このチラシには必ずといっていいほど、「番号の振り方指南」がのっていて、その候補者、政党にとって一番有利な番号の振り方を教えてくれる。
まあ、ナンバーワンは決まっているとして、それ以下の順番をどうしたらいいかというのはちょっとシロウトには分からないので、これは助かる。
候補者にしても、自分の一番のライバルを一番最後の番号に振ってもらう、共闘している候補者をナンバー2にする…といった「作戦」があるので、意外と重要なんです、コレ。
なるほど~、こういう順番なのね…などとそのチラシたちを読んでると、列は徐々に進み、ついに投票所の建物の中に入れた。待ち時間は20分くらいだったかな。
さて、日本での投票経験ゼロの僕が、ついに投票…しかもオーストラリアの。少しドキドキした。
投票用紙を渡すブースがいくつかあって、空いたところに行くよう指示された。ここで口頭でされる質問が3つ。
名前の確認:これに答えると、係の人がでっかい電話帳・辞書のような台帳から僕の名前をピックアップした。そして次の質問が、
住所の確認:これも選挙区に関わってくるので確認をする必要があるのだろう。最後の質問は、
この選挙でもう投票しましたか?というもの。実はこの場では質問内容を取り違えて、「過去に投票したことある?」と聞かれたのかと思った。どちらにしても答えはNoだったのでよかったけれど。
最後の質問は、このシステム上、一人が何回でも投票することは可能なので、それを防ぐための質問というわけだ。
もちろんそんなことをすれば重複投票となって法に触れ、かなりの額の罰金を食らうのだが、そもそも無記名投票だからチェックできないし、これはザル法だなあ、と後で調べて思った。
まあ、わざわざ何回も投票するようなもの好きはそうそういないし、いたとしてもそれが選挙の結果に影響する可能性はごく低い、ということなのだろうか。
デジタル化が進んでいるオーストラリアのことだから、きっと投票者の確認もコンピューターを使ってチェックし、重複投票ができないようにしてるのかな、と思ったのでちょっと意外だった。
さて、もらった投票用紙はThe H of R , The Senate の二枚。
それにしてもSenateの用紙が…なが~~~い!幅はそうですね、1メートル以上はあった。
もらった時にはこれはなにかの冗談じゃないかと笑いそうになってしまった。
メジャーな政党から、泡沫政党まですべてを表記しないといけないのでこうなるのだが、巻物じゃないんだから。
さて、誰を選ぶか?
もう投票する人、党は決まっていたのでナンバーワンはいいとして、2以降の数字は…うむむ。
ここで先ほどもらったチラシを取り出し、自分の支持政党の例を参考に、でもそのままだとちょっとバカみたいだから、他の党の例も少し混ぜ、無事番号を振った。
そしてこれを折りたたみ、もちろんThe Senateの用紙はたたむのも一苦労、投票箱に入れて、オーストラリア国民としての義務を完了いたしました!
あ、そうそう、投票用紙をくれた係員のオバサンに「なにか質問は?」と聞かれた時に、投票とは関係ないけどどうせだから、と
「あ、僕ついこないだ国籍取ったばかりなんで、これが最初の投票なんですよ~」と言ってみたら(オーストラリアではこんな無駄話をするのは全然オッケー)、「あ~、それはおめでとう!」とめちゃくちゃ喜んでくれて、なにやらとても嬉しくなった。
Democracy Sausage を食す!
さて、投票を終えて外に出ると、なにやら香ばしい香りが漂っている。
教会の中庭で、ソーセージシズル(Sausage Sizzle, ソーセージサンドの屋台)をやっている。
ソーセージシズルは、コミュニティスポーツ、チャリティ会場ではよく見かける風景で、ソーセージと玉ねぎを鉄板で焼いて、パンに挟むというシンプルなやつ。
投票所でこれを振る舞うのはオーストラリアあるある風景らしく、Democracy Sausageと呼ばれている。
民主主義ソーセージ!
最初は、わざわざ投票来てくれてありがとう!という意味を込めて無料で振る舞ってくれるのかと思っていたのだが、さにあらず。有料だった。ちなみにここでは$4。
「え~、タダじゃないんんだ…」とガッカリしたが、収益はこの教会がやっているチャリティに行くとのことだし、この教会はホームレスシェルターもやっていて頑張ってる。
ならいいや、と太っ腹になって$10紙幣を出して一つ買い、お釣りはカウンターにあった募金箱にねじ込んだ。ついついエエカッコシイをしてしまったわ。
でも後から考えたら、どうせ空腹だったので2つ買って2ドルを募金しても良かったかなあ…。
ほかほかのソーセージサンドはデモクラシーの味…でもないけど素朴に美味しかったです。
さて結果は?
こんな複雑な投票法だから、結果が出るまでに日数がかかるのかな、と思っていたが、即日開票、思ったより早く当日の夜遅くには大勢が決していた。
結果は、どちらかというと左よりの労働党(Labor Party)が議席を伸ばし、今までの与党である自由党(Liberal Party)が惨敗し、9年ぶりの政権交代となった。
自由党は、名前に反して特に最近はあまり自由を重んじず、環境問題には後ろ向き、女性にも冷たかったので、その層から総スカンを食ったようだ。
僕も政治信条としてはリベラルな方であり、今までの与党がどんどんトランプみたいになって来ているようでマズいなあ…と思っていたので、今回の結果には安堵している。
そして、思ったよりも多くのオーストラリア人が環境問題や人権を重要視していてそれが票に反映されていたのには心強さを感じた。この国、まだまだ未来がある。
そんなわけで今回の選挙はオーストラリアにとってターニングポイントとなるもので、なりたてほやほやの国民として、投票というかたちで参加し、微力ながらも政治の変化に携われたということは本当に感慨深いものがある。
僕もこの地に25年以上住んでるが、これまでは永住している外国人という身分で、普段の生活こそはほぼ国民と同じ待遇を受けて生活してきたのだけど、政治に関しては「どうせ他所者だし、選挙権ないしなあ…」と、さして関心を払ってなかった。
それが国籍を得て、実際に投票することによって、コミットメントという点ではかなり気持ちが変わったと思う。
「この国を、まともなものにするために自分もやることやらなきゃ」みたいな。
まさか自分がこんなことを考えるようになるとは、日本人でいる時には考えもしなかった。
それを考えると、日本の選挙システムは…うーん、なんとかしなきゃなあ、と思う。僕はもう外野になってしまったのでなんともできないけど。
オーストラリアだって、政権が変わったからといって何もかもがすぐに好転する訳がないし、労働党だってパーフェクトでもないので、これで全て良し、とはならないだろう。でも、僕個人としてはこれは「正しい第一歩」だと思いたい。
とにかく、選挙に行ってよかった。