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「町中華にて」

【人物】
中野太一(26)営業マン
野村康子(67)中華料理屋の店員

◯駅前
小田急線沿いにある小さな駅。


◯商店街
商店街を歩いている中野太一(26)。

中野M(モノローグ)「いつぶりだろう。日曜日の午前中に、こうやってゆっくり時間を過ごせているのは」

中野、店の看板や、すれ違う人を眺める。

中野M「営業として転職して半年は、仕事を覚えるのに必死で、休日もろくに休めなかった。だけど、最近はそれも落ち着いてきた。こうやって余裕を感じられてるのは、俺も少しは成長したってことか」

中野、商店街を抜け、人通りの少ない道に出る。

中野M「この道。たまに通るけど、駅前ほど騒がしくないし、小洒落たお店がちょこちょこあって好きなんだよな」

中野、食べ歩きをしている若者二人とすれ違う。

中野M「腹減ってきたな」

立ち止まり、来た道を振り返る中野。

中野M「いつもは近くのコンビニかチェーンの牛丼屋で済ませるところだけど」

再び前を向く中野。

中野M「今日の俺は違う。この道にある店を開拓してみよう」

歩き出す中野。

中野M「今日の俺は無難を求めてるんじゃない。変化を求めてるんだ」

フレンチの店の前で立ち止まる中野。

中野M「とはいえ、こういう店は高いし、一人で入るのは気が引けるんだよな」

しばらく歩くと、中華料理屋の看板が見えてくる。

中野M「中華か。それもいいかもな」


◯中華料理屋・前
店の前にやってくる中野。

中野M「いい具合に寂れてる。こういうのに、なんだか癒されるんだよなあ」

中野、小窓から店の中を覗く。
店の客席は8割ほど埋まっている。

中野M「昼時とはいえ、駅から少し離れたこの立地で、この入り具合。いい感じだ。よし、今日はここにしよう」

中野、店に入ろうとして、入り口で立ち止まる。
入り口に、暖簾が落ちている。

中野M「えーっと、なんだこれ。どういうこと? 暖簾が落ちて、入り口を塞いでる……こういうのって、店の品格に関わるんじゃないの」

入り口から店内を覗く中野。

中野M「大丈夫か、この店……?」

中野、一歩後退する。

中野M「いや待てよ。今日はいつもより風が強いし、暖簾が落ちるのも不思議じゃない。それに、この忙しい時間帯だ。店側が外の異変に気づかないのも、無理はない、か」

中野、呼吸を整える。

中野M「落ちつけ、俺。こんなことでビクついてどうする。これは俺に対する店からの挑戦状だ。この落ちている暖簾を越えて店に入る勇気があるか、試されてるんだ」

中野、意味ありげな笑みを浮かべる。

中野M「上等じゃないか。入ってやる。岐阜県立三田高校バレー部・元キャプテンの俺をなめるなよ」


◯同・店内
引き戸を開け、中に入ってくる中野。
店内は、カウンター席が6席、テーブル席が12席ほどある。
中野、カウンター席の奥に座る。

中野M「『いらっしゃいませ』は、なしか……」

中野、店内を見回す。
年季の入った店内。壁や床には、茶色い油汚れが染み付いている。
中野の目の前には、洗い場に持ち込まれる前の皿が積み上げられている。

中野M「ちょっとこれは、不安にさせる汚さだな。大丈夫かこの店……」

厨房では、腰の曲がった初老の店主が、フライパンを振っている。
フロアでは、その妻とおぼしき野村康子(67)が配膳をしている。

中野M「なるほど、初老の店主たちにとっては店を回すのが精一杯か。このぐらいは目を瞑ろう」

カウンターに向き直る中野。

中野M「でも、水ぐらいは出して欲しいな。こういうのって、客に対する最低限の礼儀じゃないのか」

中野、思案顔で。

中野M「もしかして、店に入る時の俺の態度が気に食わなかったのか。俺はなにか無意識のうちに、この店のしきたりに反するようなことをしてしまったのか……」

中野、店内に視線を向ける。
他の客は、店の対応について、特別不満を感じている様子はない。

中野M「いや、違うな。俺はいたって普通だ。おそらく他の客と同じように店に入り、同じように席についた」

中野、注文をとっている康子を見る。
いささか無愛想な態度である。

中野M「おそらく、あの人は、もともとこうなんだろう。誰に媚びるわけでもなく、淡々と仕事をこなす。一定のペースで、然るべきことを、然るべき順番でやっているんだ」

中野、カウンターに向き直る。

中野M「慌てるな。こんなことで動揺してどうする。まずは落ち着いて、注文を決めよう。それが今俺のやるべきことだ」

中野、メニュー表を手に取る。

中野M「なるほど。いたって普通の品揃え。特に個性的なメニューはない。腹の空き具合的には、ラーチャンもよさそうだが、定食という選択肢もあるな」

メニューをじっくり眺める中野。

中野M「今の俺の気分は、麻婆豆腐。そうだ。俺は麻婆豆腐が食べたい」

自分を納得させるように頷く中野。

中野M「よし、注文だ」

康子が、中野の近くにやってくる。

中野「すみません、麻婆豆腐定食」

康子、中野のほうを見て動きを止めるが、すぐに別のところへ行く。

中野M「え……嘘でしょ。シカト……? 今、明らかに目が合ったよね。え、なに、なんなの?」

康子、再びやってきて、中野に水を出す。

中野M「おお、これは。承りましたっていう合図、なのか……?」

康子、相変わらず無愛想な表情で、厨房へ向かう。

中野M「とりあえず、存在は認識してもらえてるみたいだから、大丈夫か……」

中野、水を飲む。


◯同・外
日曜日の昼下がり。のどかな風景。


◯同・店内
新聞を読んだり、テレビを観たりして注文を待つ客たち。
テレビでは、『孤独のグルメ』の再放送が流れている。
中野はカウンターで、じっと注文を待っている。コップの水は空。

中野M「……遅い」

腕時計を見る中野。

中野M「注文してから、かれこれ30分。ちょっと遅過ぎやしないか」

中野、厨房で具材を盛り付けている店主を見る。

中野M「決して、手際はよくない。むしろ悠長といえる動きだ。温厚な俺でも、これはさすがに苛立つレベルだぞ」  

中野、立ち上がり、旧式のウォーターサーバーに給水にいく。

中野M「(水を入れながら)とりあえず、これまでの店の有様を総合すると……」

席に戻る中野。

中野M「決していい評価をつけられるようなものではない。むしろ今俺は、店選びに失敗したのではないかとすら思っている。つまり、この店はハズレということだ」

店内を見回す中野。
客の中には、高円寺にいそうな若いカップルもいる。

中野M「しかし、ある程度、店選びにこだわりそうな客もいる。見た所、彼らもまだ注文は来ていないようだが、焦った様子もない」

カップル、スマホを見ながら談笑している。

中野M「なぜだ、なぜこの店にいながら、そんな悠長にしていられる……!」

中野、ふと、厨房でフライパンを振っている店主の手元を見る。
ハッとした表情。

中野M「味だ……! 彼らはこの店の味に、全幅の信頼を寄せているんだ。常連だからか、事前に口コミサイトで評判を知ったのかわからないが、彼らは確信している。この店の料理が上手いことを」

中野、こめかみを揉む。

中野M「俺としたことが……! この汚い店構え、無愛想な店員の対応。それに対して、この盛況ぶり。この不利な立地で、何年も営業を続けられているという事実。それは他ならぬ、味が上手いことの証拠じゃないか」

中野、水を一気に飲み干す。

中野M「馬鹿野郎。何年生きてきてんだ。そんなことにも気づかないなんて。まだまだだ。俺はまだまだ、飲食店というものをわかっていない。伸びしろだ。俺にはまだ、伸びしろがある……!」

再び厨房を見ると、フライパンの横に、豆腐が盛られた皿がある。

中野M「このタイミング、間違いない。あれは俺の注文した麻婆豆腐だ。よかった、注文は通っていた。ついてる。俺はついてるぞ……!」

店主、焦る様子もなく、淡々と麻婆豆腐を作っていく。
興奮した様子で、それを見つめる中野。
できあがった麻婆豆腐が皿によそられる。
康子、それをトレーに乗せて運んでくる。

康子「お待たせしました。麻婆豆腐定食です」
中野M「きた……! ついに、ついにきたぞ」

中野、差し出された麻婆豆腐をしげしげと見つめる。

中野M「見た目は、普通の麻婆豆腐。誰が見ても麻婆豆腐。これぞ麻婆豆腐といった感じだ」

割り箸を割る中野。

中野M「しかし、お前は特別なのだろう。何食わぬ顔で俺の前に現れたが、お前はお前自身に、絶対的な自信があるのだろう。俺に対して、挑戦的な目つきをしてやがる」

中野、呼吸を整える。

中野M「やってやる。やってやるよ。俺はやるときはやる男だ。岐阜県立三田高校バレー部・37代目キャプテン・中野太一、いざ、参る!」

中野、麻婆豆腐を一口食べる。
目を見開く。

中野M「これは……!」

中野、真顔で。

中野M「と、特段……特段、うまくもねーーー!!!」

動揺を抑えつつ、そのまま食べ続ける中野。

中野M「嘘だろ。嘘だと言ってくれ。お前、マジで、マジで普通じゃねえか。そこそこうまいという意味での普通じゃない。ギリギリ及第点といった普通さだ」

無心で食べ続ける中野。

中野M「どこで間違った? なぜ俺は今、こんな状況にいる? 麻婆豆腐という注文がよくなかったのか、店主の調子が悪いのか、それともやっぱり、店に入った時の俺の態度がよくなかったのか……」

高円寺風のカップルは、驚く様子もなく、それぞれ注文した料理を食べている。

中野M「わかんねえ。俺もう、わかんねえよ」

中野の目にうっすらと涙が浮かぶ。

中野M「なぜ俺は、この貴重な休日に、わざわざ汚い中華料理屋に来て、たいしてうまくもない麻婆豆腐を食べている……」

中野、店主と康子を恨めしそうに見つめる。

中野M「許さん。俺は一生、あんたらを許さないからな」

    ×   ×   ×

麻婆豆腐定食を、残らず平らげる中野。

中野「……」

中野、立ち上がり、レジに行く。
康子がやってくる。

康子「麻婆豆腐。800円」

中野、勘定を済ませる。

康子「ありがとうございました」
中野「ごちそうさまです……」


◯同・外
出てくる中野。

中野M「『ありがとうございました』は、言うのかよ……」

中野、財布をポケットにしまう。

中野M「帰って、ネトフリ見よ……」

中野、店を立ち去る。

<終わり>


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