「友人」
◯藍子の部屋(夕)
一人暮らし用のマンションの一室。電気は点いていない。
窓から日没後のほのかな青光りが差し込み、部屋全体をうっすらと照らしている。
デスクで勉強をしている北見藍子(21)。
金色のミディアムヘアで、凛とした顔立ちをしている。
机上には「看護学」と書かれた教科書が数冊積まれている。
藍子、ペンを置き煙草を手に取る。窓がある場所に移動し、窓を開ける。
窓は出窓になっており、床板のところには灰皿が置かれている。
煙草に火をつける藍子。
窓からは、2軒ほど先に建つ雑居ビルの屋上が見える。
その屋上に、古びたウッドチェアに腰掛けている川本実(21)の姿がある。川本は作業着のようなジャンパーを着ており、藍子と同じく煙草を吸っている。
藍子、川本の後ろ姿を見つめる。
川本、煙草を吸い終わると、ビルの中に戻っていく。
◯大学・外観
都内にある女子大のキャンパス。
◯同・看護学部の教室
学生たちが講師の授業を受けている。
藍子もその中にいる。
講師「ですので、酸素需要を抑えるだけでなく、酸素供給を増やすということも大事になります。このケースでは……」
× × ×
授業終わりのチャイムが鳴る。教室に残って同級生らと談笑する生徒が多い中、藍子はさっさと荷物をまとめ、教室を出ていく。
◯同・キャンパス内
ひとり歩いている藍子。
◯バー・外観(夜)
カジュアルな趣のバー。
◯同・店内(夜)
藍子、レジで客の会計をしている。
藍子「ありがとうございました」
マスターの北見茂(27)、カウンターからその様子を見ている。
客が帰り、店内は二人だけになる。
北見「藍子」
藍子、北見を見る。
北見「もうちょっと愛想よくしような」
藍子「これでも頑張ってるほうなんだけど」
北見「その3倍は頑張れ」
藍子、ため息をついて、
藍子「やっぱ私、接客業向いてなかも」
北見「おいおい、まだ始めて1週間だろ」
藍子「私、お兄みたいに社交性ないから」
北見「社交性なんて、やってるうちに身につくよ」
藍子「それはない。遺伝の問題だよ」
北見「お前、学校でどうしてんだよ」
藍子「なにが」
北見「ちゃんと友達いんのか?」
藍子「今はいない」
北見「今は?」
藍子「今は、友達とかつくる気分じゃないから」
北見「でも、ひとりだと学校生活寂しいだろ」
藍子「別に。無駄に馴れ合うほうがしんどいし」
北見「相変わらずだな、お前」
客が来店する。
北見「いらっしゃいませ」
◯都会の遠景(夜)
大通り沿いに商業ビルが立ち並び、ネオンサインが光っている。
◯マンション・外観(夜)
4階建てのマンション。繁華街からやや離れているが、かすかに喧騒が聞こえてくる。
◯同・藍子の部屋(夜)
窓を開け、煙草を吸っている藍子。
例の屋上が見えるが、今は誰もいない。
◯都会の遠景(朝)
朝の通勤電車が走っている。日が昇るにつれて、街が徐々に動き始める。
◯藍子の部屋
ベッドで寝ていた藍子、目を覚ます。
壁掛け時計は10時を少し回ったところだ。
藍子、煙草を手に取り、窓を開ける。
屋上に川本の姿がある。以前と同じ場所で、同じように煙草を吸っている。
藍子、川本の背中を見つめながら煙草を吸う。
◯大学・更衣室
看護師のユニフォームを着ている藍子。ロッカーから荷物を取り出している。
◯同・実習室
教室に集まっている学生たち。教員の笹川市香(32)が演習の説明をしている。
市香「じゃあ、今言ったポイントを意識しながら、車椅子への移乗をやってみましょう。隣の人とペアになって」
藍子、ペアになった学生を見る。
学生は、やや気まずそうにしている。
× × ×
患者役としてベッドに座っている藍子。
学生、藍子を抱きかかえて車椅子へ移乗させようとする。しかし、息が合わず、もたついてしまう。
市香「移乗するときは、患者さんと呼吸を合わせて行うようにしましょう。では交代してください」
学生、藍子に小さくつぶやく。
学生「ちょっとは協力してよ」
藍子「いや、してるでしょ」
二人、険悪な雰囲気。
◯同・廊下
授業終わり、教室から出てくる藍子。市香が藍子を呼び止める。
市香「北見さん」
振り返る藍子。
市香「あなた、普段クラスメイトとコミュニケーションとれてる?」
藍子「どうしてですか」
市香「演習見てると、あんまり意思の疎通ができてないみたいだから」
藍子「あの、それって私だけの問題ですか」
市香「あなただけの問題ではないけど。看護の仕事はチームワークだから。コミュニケーションが大事なのは、わかるわよね?」
藍子「……」
市香「仲良くしろとは言わないけど、日頃から、意識して接点をもつようにしないと」
藍子「……わかりました」
市香、去っていく。
◯電車・車内
座席に座り、スマホを見ている藍子。
ドア付近にいる藍子と同年代ぐらいの女子大生たちが、楽しそうに会話している。藍子、イヤホンをする。
◯藍子の部屋(夕)
部屋に帰ってくる藍子。煙草を取り出し、窓を開ける。
屋上に川本の姿がある。川本は、今日もひとりで煙草を吸っている。
藍子、少し安堵したような表情で、煙草に火をつける。
◯バー・外観(夜)
◯同・店内(夜)
藍子と北見がカウンターで仕事をしている。
北見「その先生の言う通りだよ。藍子はもう少し、人と接点をもったほうがいい」
藍子「無理でしょ」
北見「こら」
藍子「今さら接点とか言われてもね」
北見「宮城にいた頃は、もう少し交友関係あっただろ。ほらライブとか、高校のギャル友と行ってたじゃん」
藍子「ギャルじゃないから」
北見「今友達になりたい奴とかいないの」
藍子「……いないかな」
北見「しょうがねえなあ」
藍子「でも、もしさ、友達になりたい人がいたとして」
北見「?」
藍子「その人と接点ってもたないとダメなのかな」
北見「どういう意味?」
藍子「その人の存在を知ってて、なんとなくシンパシーを感じてるってだけじゃダメなのかな」
北見「どうかな、わかんないけど。お前はそれで満足できるの?」
藍子「さあ」
北見「なんだよそれ」
◯雑居ビル・屋上
誰もいない屋上。川本がいつも座っているウッドチェアだけがある。
◯藍子の部屋
窓から屋上を見ている藍子。
◯同・外
藍子、部屋から出てきて、ドアに鍵をかける。
◯雑居ビル・前
やってくる藍子。
ビルの一階が改装工事中になっている。その日工事は休みらしく、作業員などは誰もいない。
藍子「……」
◯同・階段
階段を上がっている藍子。最上階まで上がったところで、屋上に出るドアを見つける。
◯同・屋上
ドアが開き、藍子が屋上に出てくる。
そよ風が藍子の髪をなびかせる。
藍子、川本がいつも座っていたウッドチェアに座る。
その場所から、川本がいつも見ていた景色が見える。それは雑然とした、都会の片隅の風景である。
◯大学・カフェラウンジ
昼休みの時間帯で、学生たちで賑わっている。
その中をひとり、通り抜けていく藍子。腕にレポート用紙を抱えている。
◯同・キャンパス内
構内から出てくる藍子。風が吹き、抱えていたレポート用紙が舞い散る。
藍子、それを拾い集める。
遠くから学生たちの談笑する声が聞こえるが、藍子の周りには誰もいない。
藍子、そばにあったベンチに座る。
藍子「……」
◯駅前の雑踏
歩いている藍子。
◯雑居ビル・前
やってくる藍子。
ビル前にはトラックが停まっており、作業員たちが機材を運び出している。
藍子の目に、見覚えのあるジャンパーが映る。それは川本のものである。
藍子と川本、一瞬だけ目が合う。
藍子、ビル前を通り過ぎる。
川本「あの」
呼び止められ、振り返る藍子。
川本「これ、落としました?」
川本、藍子が落とした煙草のケースを差し出す。
藍子「ありがとうございます」
藍子、ビルのほうに一瞬視線を向けて、
藍子「ここの改装工事、もうすぐ終わるんですか」
川本「ああ、はい。今日で一応、終わりです」
藍子「そうなんですね」
川本「あ、もしかして音うるさかったですか」
藍子「え?」
川本「いや結構、近隣の方から苦情受けてたんで」
藍子「あ、別に。そういうわけじゃないです」
川本「そうですか。ならよかったです」
藍子「……あの、煙草吸います?」
川本「俺っすか」
藍子「(頷く)」
川本「はい」
藍子、煙草を一本差し出す。
川本「え?」
藍子「休憩のときにでも吸ってください」
川本「いいんすか」
藍子「(頷く)」
川本、煙草を受け取る。
川本「ありがとうございます」
藍子「じゃあ」
川本「あの、どこかで会ったことありますか?」
藍子「いえ、はじめてです」
川本「そうですか。(煙草を掲げて)ありがとうございます」
川本、軽く頭を下げ、去っていく。
◯藍子の部屋
ドアが開き、藍子が入ってくる。藍子、ベッドに腰を下ろす。
藍子「……」
藍子、ポケットから煙草を取り出す。窓を開け、煙草に火をつける。
窓の外には、いつもの景色が広がっている。
<終わり>
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