夜の散歩がすきという話
夜の散歩が好きだ。朝でも昼でもなく、夜。21~23時あたりにする散歩が一番気に入っている。
どうして好きなんだろうか。『散歩』ではなく『夜の散歩』。
恐らく『自由になれている気がするから』じゃないかなと思う。
気がする、というのがポイントである。本当はやるべきことがあり、戻るべき場所があるけれど、そのことを『無視して』『好きに振る舞っている感覚、解放されている感覚』を手軽に味わえるから好きなのだと思う。
私が夜に散歩をするのは、たいてい休みの最終日だ。本当は、歩き回ったりせずに、来たる平日の朝のために家でゆっくり過ごして寝る準備をするのが一番いいはず。(なぜなら私は休み明けに、もっと沢山寝ておけばよかった、と思う人間だから。)
分かってはいるものの、体がうずうずして、外に出たい、出ないといけない気持ちになる。平日が来ることに抗いたいから。今日を引き延ばしたいから。明日から逃げたいから、じゃないかと思う。
もう一つ、好きな理由に、『主人公になった気分になれるから』というものがある。
夜に出歩く人なんか私の家の周りには少ないし、居たとしても顔や姿は、はっきりとは見えない。昼間とは違って、先の風景を捉えることは難しい。
さながら他人は顔のないモブキャストのように、世界は私が足を踏み出す方向に描きだされ、生まれていくかのように感じられるのだ。夜に歩くだけで「自分はこの世界の主人公だ」と感じられるなんて単純なようだが、本当にそんな気持ちになるのだ。
さて、散歩をして『自由な気になった』あと、家に戻ってきたとき、私は「現実に戻ってきたな」という気持ちになる。(ずっと現実にいるんだけれど。)
もう自由な時間は終わりだな、向き合わないといけないな、嫌だけど仕方ないな、という切ない気持ち。映画なんかに出てくる、家出少年・少女のようが元の場所に帰ってきたとき、同じように思うんじゃないかな。分からないけど。
散歩する前は「平日から逃げたい」だった気持ちが、散歩のあとには「平日が来ることを受け入れるしかない」という気持ちにシフトする。
このように気持ちを発散させて落ち着かせることができるのは、夜に散歩をするメリットじゃないかなと思ったりしている。少しの運動は睡眠にもいいらしいし。
他に良い休みの夜の過ごし方を見つけられるまでは、この習慣を続けるだろうな。
この記事を書いている間、散歩に行きたくなってしまった。少し歩いて来ようと思う。
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