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「紙の教科書」は、「デジタル教科書」より優れているのか。揺れるスウェーデンについて海外報道を調べてみました。

スウェーデンの教科書が、デジタル教科書から紙の教科書に回帰する。

そんな特集が讀賣新聞の朝刊に連載され、1週間以上経ちました。
日本のメディアが発信する情報だけでは背景が分かりにくい部分があり、翻訳サービスなどを利用して、スウェーデン語と悪戦苦闘しながら色々と調べてみました。

深く調べるほどに、この問題は、ただデジタルから紙への移行というだけではなく、政治的背景や国内情勢がかなり影響しているように感じています。
むしろ教育とは?学力とは?と、かえってますます考え込むようになりました。

讀賣新聞の意見を否定するつもりは全くありませんが、
教科書は、紙のほうがいいかデジタルのほうが良いか・・といった話はあくまでも氷山の一角で、かなり複雑な背景が関わっている様に感じます。

すくなくとも新聞内の、「端末重視で学力低下」という表現は、少し過度な煽り方をしているのではないかと思いました。


スウェーデンの政治的背景

スウェーデンの教科書問題を知るには、まず政治的背景を知ったほうが理解しやすいように感じます。

・スウェーデンの一院制議会について

スウェーデンは2022年10月に、中道左派勢力から8年ぶりの政権交代となりました。
現在の与党は、
穏健党(保守自由主義・中道右派)
キリスト教民主党(自由主義神学(プロテスタント系)・中道右派)
自由党(自由主義・中道右派)
の右派3党からなる連立政権です。
そして、議会の構成をみると‥かなりびっくりでした。

ウィキペディア・「リクスダーゲン」より

穏健党68名+キリスト教民主党19名+自由党16名=103名なのに‥
与党なのです。
実は、鍵となるのが第2政党の「スウェーデン民主党」で、反移民を掲げる極右政党です。
この、スウェーデン民主党が、連立政権には入らないものの閣外協力する・・という形で動いています。
73名の議席を先程の103名に追加すると右派系の政党が獲得する議席は176名。
ギリギリ議会の過半数を超えました。

裏を返せば、
①穏健党は政権運営で、連立政権ではないスウェーデン民主党の顔色を気にしなければいけない。
②スウェーデン民主党は、方針が極右なので他の政党の理解を得ることが難しい。でも、反移民の政策は実現したい。
といった政治的思惑が透けて見えます。

・教育大臣のロッタ・エドホルム氏

そして、この中道右派政権で新たに教育大臣に任命されたのが、自由党のロッタ・エドホルム氏でした。

イギリスのガーディアン紙にはこんな記事も。

内容ですが‥
・現、スウェーデンの教育大臣ロッタ・エドホルム氏は、テクノロジーの全面導入に対する最大の批判者の一人だった。
・オーストラリアのメルボルンにあるモナシュ大学の教育学教授ニール・セルウィン氏は、テクノロジーの影響を批判することは「保守派政治家の間では人気の手法だ」と発言している。
などの記載がありました。

また、気になったのは、
スウェーデンのカロリンスカ研究所の発表を調べてみると、
「デジタルツールは学生の学習を向上させるのではなく、むしろ妨げるという明確な科学的証拠がある」という見解と同時に、
「私たちは、正確さが検証されていない無料で入手できるデジタル情報源から主に知識を獲得するのではなく、印刷された教科書と教師の専門知識を通じて知識を獲得することに重点を戻すべきだと考えています。」
との見解も出していることです。

ここだけを見てみると、日本のデジタル教科書の話とそのまま重ねて考える事はできないような気持ちになってきました。
正確さが検証された、いわゆる検定済み教科書を使用せずに教育を行うことが出来た‥とも受け取ることができます。

スウェーデンの移民問題

スウェーデンの国内問題といえば・・移民問題です。
突っ込んだ言い方をすれば、移民による治安悪化問題です。

あまりにも問題が大きくなってきたために、
「移民の方に500万円をあげるので自主的に出国をしてください」
とまで政府が言い始めました。
もはや今の北欧に、かつての「移民に寛容な精神」はありません。

スウェーデンでは移民の母国語を大事にする教育を行ってきました。
本人さえ希望すれば、スウェーデン語ではなく、幼少期にわざわざ移民の母国語で手厚く教育をしてくれていたのです。
しかし、このような残念な結果になってしまいました。

スウェーデンの学力低下は、10年以上前から問題視されていた。でも復活の兆しはあった。

ここからやっと本題です。
『スウェーデンは学力低下を食い止めるため、紙の教科書に回帰した。』
日本の報道ではそのような印象を受けますが、そんな単純なものではありませんでした。
学力低下の基準は、基本的にはほとんどの人がPISAの結果だと思うのではないでしょうか。

・2014年の産経新聞では、スウェーデンの政策失敗を問題視

スウェーデンの学力低下が問題となり始めたのは今から10年以上前でした。2014年に産経新聞さんが分かりやすい記事を出しています。
ここには「教科書」や「ICT」といった言葉は全く出てきませんでした。
当時の記事で問題視されたのは、「教育の地方分権化の失敗」、「フリースクール改革の失敗」、「移民政策の影響」です。
もう、この時点で政治的な判断による失敗だと認識されていました。

また、スウェーデンでは、過去に教員免許がなくても先生になれていた時代があります。

・スウェーデンにて教員資格制が始まったのは2010年代初め

大学の教育コースさえ卒業してしまえば、教員免許を持っていない人でも先生になれてしまうなど、日本とは少し違う形での教育を行ってきたことも事実です。
日本の文部科学省に掲載された論文には、下記のような文言が書かれていました。

スウェーデンではインタビューを行った 2010 年時点では、日本のような教員免許制度ではなく、コースを修了することで学校現場で働くことが可能となる制度である。しかし、2011 年に国家的な認定(資格付与)などの改革を行う予定である。

『フィンランド共和国・スウェーデン王国における 教員養成制度と附属学校園の役割に関する
 調査研究』 栗田 真司氏 秋山 麻実氏 高橋 英児氏

https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/__icsFiles/afieldfile/2011/06/16/1307272_3.pdf

その後、2015年、2018年とスウェーデンは順調にPISAの成績が回復傾向でした。しかし、ガクンと2022年の成績が2012年と同じ水準にまで落ちてしまいました。

スウェーデン国内での受け止め方

・日本が世界トップレベルとなったPISA2022

日本の成績が上昇し、
「コロナ禍に先生たちが頑張ってくれたおかげ」と明るい結果となったPISA2022。

日本の文科省もウキウキを抑えきれない結果報告書を公開しています。
本当にウキウキしているので是非下記リンクからご覧ください。

文科省・PISA2022の日本の結果-全ての子供たちの可能性を引き出す日本の教育-

・厳しい結果となったスウェーデンのPISA2022

一方、スウェーデンでの国内報道は・・
スウェーデンの教員組合によって運営されている教育系のニュースサイト
「Vi Lärare」(直訳で「私達教師」)で調べてみました。

スウェーデンの読解力のグラフはこちらです。
紫色の線がスウェーデン、黄色の線がスウェーデン以外の北欧諸国です。

https://www.vilarare.se/nyheter/pisa-2023/pisa-2022--det-visar-resultatet/  より引用

確かに読解力は2018年より悪くなっていると言えますが、2012年は北欧諸国より成績が明らかに悪かったのに、2022年は北欧諸国やOECDの平均値よりは上の結果となっています。

スウェーデンがICT端末を学校教育に導入し始めたのが2006年。
このグラフを見て、「端末重視で学力低下」と言い切るには少し無理があるように感じます。

個人の感想ですが、
「えっ!!2015年と2018年が順調に回復傾向だったのに、今回の結果だけで、デジタル教科書を全否定しちゃうの‥?」と思いました。

この記事中で、問題視をされていたのは、ざっくり次のような感じでした。

①パンデミック
学校がパンデミックによって大きな影響を受けた
②ギャップの増加
・数学と科学の両方で、最も低い成績を収めた人と最も優れた成績を収めた人との差が拡大した。
・家庭環境が良好な学生と良好でない学生の成績差が拡大している。
・外国の背景を持つ生徒は、社会経済的に弱い家庭の出身であることが多い。しかし、その要因を除いても、外国人とスウェーデン人の背景を持つ学生の間に、結果差がある。
・読書量の男女差が依然として大きい。 15 歳の男子の 30 %、女子では18%が読書が苦手。

そして、スウェーデン国立教育庁長官のピーター・フレドリクソン氏のコメントも併せて掲載されていました。
・結果が悪くなるのは決して良いことではないが、パンデミックに直接関連して決定されたものであり、学校と教育の質に大きな影響を与えたということを見なければならない。
・教師に投資をする。印刷された教材への投資を継続し、遅れをとるリスクがある生徒に早期支援を行うための補償責任に基づいた資源を確保する。
文中には、「ピーター・フレドリクソン氏は、ピサ2022だけに基づいた一連の新たな政治的取り組みを望んでいない。重要なことは、代わりに、うまくいくとわかっていることを継続することだ」との記述もありました。

ざっくりと言うと、「コロナ禍と格差社会の影響ですね。」「長い目でみてね。」という雰囲気でしょうか。
「端末重視で学力低下」といった内容は一切ありません。
教科書やデジタルの問題というよりも、学校や先生のあり方が問われているように感じました。

この記事を読む限り、デジタル教科書から紙の教科書への移行は、政府や国立教育庁の方針というよりも、教育大臣の思惑が強い‥というような気がしてきました。

結論は、スマホ依存症対策?

今回調べれば調べるほどに、謎は深まるばかりでした。
特に、2012年のどん底から、2015年、2018年と順調にPISAの成績が回復している部分もあったのに、2022年に急激にガクンと落ちた要因が全く分かりませんでした。
おそらく複合的な要因だとは思うのですが・・

ただ、少なくとも、デジタル教科書が悪い!とか、デジタル端末使用の悪影響だ!とデジタルだけを戦犯扱いするのは違うような気がします。
特にスウェーデンの国内発信の情報では、「デジタルから紙へ」というよりも、学級崩壊を気にする声や、外国の背景を持つ学生の成績不振を心配する声、そもそも論になりますが学校のシステムを心配する声もありました。
日本でも他人事ではない、先生の人数が足りないという意見も、何度も目にしました。

また、デジタル端末に依存する若者が多い・・という情報が目につきましたが、それは教育でICT端末を使うからというよりも、スマホ依存症が問題視をされているように感じました。

2021年11月の記事をざっくりと読んでみると、
・2018年には、9歳児の71%が自分の携帯を持っていた。
・9 歳から 12 歳までの子どもの 4 分の 1 が、YouTube、デジタル ゲーム、携帯電話全般に時間を費やしすぎていると考えている。
・13 歳から 18 歳の間では、10 人中 4 人がソーシャル メディアによって自分が望む以上に時間を奪われていると考えている。
・18 歳の少女のうち、半数以上 (54%) はソーシャル メディアを 1 日あたり 3 時間以上使用している。
といった内容が書かれていました。
コロナによるパンデミックのため、デジタルの楽しみや活動に代わるものが少なくなってしまった影響もあると考えられるようです。
「分かっちゃいるけどやめられねぇ」を地で行く感じですね‥
ここまでくると、読解力の低下を心配するのと同時並行で、情報端末との適切な距離のとり方の教育を優先するべきでは?と思います。

日本は意外と好い線をいっているのでは?

日本の文科省が進めようとしている、
「教科書は、デジタルでも紙でもどちらを使っても良い。好きな方を使おう」
という姿勢は、少なくとも今の時点では最適解の可能性が高いのではないかとも思いました。

これから日本の公立学校も多国籍になっていくでしょうし、そんな中、紙の教科書に固執すると、日本語の理解が難しい子どもたちはどのように教育していけばいいのか?と学校や先生が悩むことになります。

少なくとも、デジタル教科書の文面で分かりにくい日本語が出てくる場合には、翻訳サイトもコピペで簡単に使えるわけですし、デジタル教科書を有効活用することで、外国籍の子どもたちでも日本人と同等に教科書の内容を理解することが可能となり、「学びの保障」が担保されるのではないかと、ますます感じました。

これからの日本の教育は、日本人だけの教育ではなく、外国籍の方の教育も大事にしないといけない時代に差し掛かってきたのではないでしょうか。
少なくとも、今のスウェーデンから学ぶことが出来るのは、きっと「紙の教科書への回帰」だけでは無いはずです。


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