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SWING-OによるReview #2

アインシュタインとヴァイオリン
〜音楽のなかの科学〜
西原稔・安生健 著

 ここ数十年「理系」「科学」と言うだけで男はモテない時代が続いているようだ。若い、それも女性が消費を引っ張ってきたここ数十年だからある種仕方がないことなのかもしれないが、好景気が続いているならいざ知らず、こうして不安が渦巻く世の中になってきた時には「理系」「科学」はちゃんと見直すべきことだと痛感する昨今だ。

 この本は見ての通り、今一番人気がないかもしれないタイプの切り口の本だけど、個人的には目から鱗だらけの面白い話だらけだったので、是非紹介しておきたいと思う。昨年TBSラジオ「アフター6ジャンクション」に調律特集でゲスト出演させていただいた際の参考図書にしたうちの一冊でもある。

科学者=音楽学者

 ざっくりと総括するならば、
有史以降、哲学者・科学者とは音楽学者でもあった
と言う事実を分かりやすく、そうこの手の本にしては読みやすくまとめてある本でした。かく言うアインシュタイン然り、と。

 その科学と音楽の両方に精通した人の実例をざっと挙げても、ピュタゴラス、プラトン、ハーシェル、ケプラー、バッハ、ヘルムホルツなどなど。古代ギリシャでは数学、科学を研究する、つまり世界の仕組みを理論的に見つけようとすると言うことは、音の響きを研究することと同じで、かつ星の動きを調べることにも等しかったと。今挙げた中でも、天体望遠鏡を発明したハーシェルは交響曲を何曲も書いていたし、同じく星・宇宙の法則を各種見つけた天文学者ケプラーも音楽にまつわる著書を多く記している。更に逆のパターンも普通に存在し、音楽家として有名なバッハは数学者でもあったと言う事実。つまり、現在のように学問は細分化されてなかったと言うことですね。

本から分かりやすいまとめを引用すると
古代ギリシャ〜アラブ〜中世以降の西洋の作曲の考え方には、芸術的な想像力を発揮して、美しい旋律を生み出すことだけが作曲家の仕事ではない、と言う発想があったそうです。ピュタゴラス、プラトンなどの哲学者、思想家は、数による宇宙の調和を考えており、音楽家とはこの天体の秘蹟を実現できる存在であると言う思想が長い間支持されてきました。(注:古代中国も同様の著書、史実が残っているそうです)

初期キリスト教時代(西暦500年前後)には「音楽(musica〜ムジカ)」の概念によって宇宙の全てを解釈しようとする思想が体系化されたそうで、
「天体の音楽〜ムジカムンダーナ」:宇宙の運動や四季の移り変わりなどの中に現れる音楽
「人体の音楽〜ムジカフマーナ」:人間の調和、魂の調和、魂と肉体との適切な関係
「被造物の音楽〜ムジカインスツルメンタリス」:これが実際の音楽、上記の二つの具現化とされた

の3区分が行われた、と言う話です。

想像できます?数学や科学と言っても、自然や宇宙や自らの身体にある法則を見つけようとする学問、と言うともっと身近に感じませんか?いろんな発展と産業革命などの積み重ねで分業が進んできたが故に、各学問がごく一部の人しか理解できない専門的な学問に分割されてしまって、かつ他の学問への興味を持っている暇がない、と言った生活をしてる人が増えてしまったが故の、ある種の理系憎悪、学問憎悪と言った現代になってしまっているのかな?と。「銃・病原菌・鉄」なんて本を読むと、あらゆる学問から引用して大きな人類史を記されていて、著者ジャレド・ダイヤモンドは例外的に博識なのかと思ってましたが、こうした学問のあり方の歴史を知ると、本来の学問てこう言うことなんじゃないか?と再確認するわけです。
「銃・病原菌・鉄」のSWING-OによるReview

「黄金分割」

この本にも出てきた「黄金分割」と言う話などは面白いですよ。あなたが数学や科学が苦手でも、今そこにその数字は存在してしまっている訳です。

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ある長方形をこの図のように分割した時に、分割する前の二辺の比が上記のように同じになるための率ですね。この比が1:1.618になるそうですが、この比率が人間の感覚から見て美しいと感じられるだけでなく、植物の葉っぱのつき方、蜘蛛の巣の形状などにも現れるんだそうです。パルテノン神殿からミロのヴィーナスからいろんな芸術作品にも実際使われているそうです。つまり、こうやって見つかった「黄金分割」と言う数字があり、それは周囲を見渡してみるとそこここにその数字に支配された、まるで神の見えざる手の仕業のような世界が広がっている。そこに数学のワクワクがあるんです。

天文学者ケプラーが残した楽譜

もう一つの実例を挙げておくと、天文学者として歴史に名を残しているケプラーが残したこのような譜面があります。

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他の星とは違う動き方をする、太陽系の惑星の動きを研究していたケプラーは、その動き方を音符に置き換えてこのような譜面を残していたんですね。彼には惑星の動きが、天空の奏でる音楽のように感じていたんでしょうね。でもこの本に数多出て来る学者を見ていると、本当にそう言う時代だったんだなぁと言うことが分かります。電卓もコンピューターももちろん無い時代。心が豊かだったんだなと思いませんか?

絶対音感は必要ない

最後に、調律に関しても最後の第3章「標準ピッチと絶対音感」に詳しく記されていましたので、それについても紹介しておきます。この最後の章は特に著者も熱く語っていましたからね。

標準ピッチ〜基準音というのは現在はA(ラ)の音を440hzにすることが常識になってます。90年代あたりから「他より目立つため」などのマーケティング的理由で441hzを好む人がいたりしますし、クラシックでは442hzが多いらしいと聞いたりしますが、1939年に世界会議(と言っても当時の欧米で決められただけですが)にて【A=440】を標準ピッチにしましょう」と決まって以来、現在に至ります。NHKの時報で鳴らされるピーって音がそうです。

それまではと言うと、バロック時代17世紀あたりは分かってるだけでも370hz~563hzと幅広かったようです。そのころは教会のパイプオルガンが基準にされることが多かったので、建物自体が共鳴するかどうか?などを基準にされたりしたことが、この幅になっているようですが、この幅はつまり、同じ譜面をみて弾いてたとしても7半音(C-F#)くらいの差がある訳です。モーツァルトの時代、18世紀でも422hz〜458hzくらいの幅があったようで、これも2半音くらいは違います。 

つまり、絶対音感なんて本来、全く意味が無いんです。440hzを聴くと正確に「Aです」と言える感覚なんて、本来邪魔でしかない。この本の著者は日本における「絶対音感」を「硬直音感」と呼んでます。実際欧米ではそう言う概念はあまり無いらしく、何故か「絶対音感」と言う概念が有名なのは日本くらいだそうです。そこらへんは「絶対音感」と言う本を読んだ時のレビューで書いてますんで詳しくはご覧ください。
「絶対音感」レビュー

音楽の画一化によって失われたもの

そのことを著者はこう記してます。
この統一化は画一化を意味し、また強い規制力、あるいは支配力を意味します。ピッチの標準化は制度化と合理化に他なりません。
(中略)
こうして標準ピッチは、万国共通のものとなりました。全ての国の音楽家が、同じ音をラと認識すると言うのは、一見とても民主的ですが、その結果失われたものも多いのです。おのおのの町がそれぞれの「ラ」の高さを持ち、音楽の種類によって「ラ」の高さが異なり、表現が多彩であると言うのは、とても魅力的なことのように思えます。

実際、標準ピッチだけでなく、調律法も平均律ではなく色々存在した時代は、キーによって響きが違って来るので、作者も、聴く側もその「キーの違い」を楽しむと言うスタイルだったそうです。実際バロック期17世紀ごろの音楽家、評論家が記した、キーごとの違いをまとめた表がこちらです。

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すごく無いですか?昔の楽曲には「変ロ長調の〜」「ト短調の〜」などなど、キーの表記とセットのものが多いのは、少しでもクラシックに触れたことがある人はご存知でしょうけど、その意味ってこう言う意味もあったんですよね。だからそのキーを指定することに意味があった訳です。

ところが現在の平均律な現代になると、生楽器ならまだキーの意味はありますが、コンピューター完結の音楽になるとキーは全く意味をなさなくなります。歌ものならば歌いやすいかどうかで簡単にキーを変えられる。まさにカラオケとしての意味しか無くなってしまう。

かく言う自分もコンピューターベースな音楽仕事世界にいる人間でもありますが、こうした、現在に至るまでの壮大な歴史は踏まえておきたいと思うんですね。ファーストフードのジャンクな中毒性を理解しつつも、ちゃんとした素材で作られたオーガニックな食品の味も分かる人でありたい。音楽における画一化は、飲食における化学調味料化と同じです。もちろん現代の資本主義社会においては、生きていく上では必要悪な側面は否定できませんが、せっかくこれまで先人が積み重ねてきた知恵と論理があるのなら、生きているうちに少しでも知っておきたい。そして取り入れられるものは取り入れたい。

自由を謳歌する歌が、実はかなり不自由な表現を強いられている現状
しかも本人もお客さんも気づいてすらいない

少しでも多くの人が閉じてる目を、耳を
開いていくことが出来たらいいなと再確認させられる本でした


PS:著者のお二方、引用沢山しちゃってすいません m(_ _)m
より詳しく学びたい方は是非本を読んでみて下さい

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