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仲買屋 上
「俺は言ってもらって構わないぜ、嘘をついてまで守るような見栄を張って商売してねぇからなぁ!」
とにかく忙しいお昼のピークタイム、まぁー忙しい時間だからピークタイムと言うのだろうけど、ウチの店は他のスーパーと比較にならないほど人気がある
スーパーマーケット業界も昔と比べ激安!ってだけではお客様はこない。良いものが安いが日本人の当たり前となった時代に、急激な物価上昇についていけないので、大手メーカーは広告費を削り
価格を上げずに内容量を減らすなど工夫しながら
世情を様子見る。要するに他の会社が、どう動くかをしっかり確認しながら徐々に値上げをするのだ、タバコの値上げのようにすこーしずつやるしかないのだろう。
価格が定まらないからこそ価値観が優先される、値段だけが重要ではなく、本物だけが生き残る時代だ!と俺は考えている
「チーフ〜オヤブン来てるわょ、」
パートの主婦が俺に近づいて来て、こっそり話しかけてくる。いつもなら作業中の俺は殺気立っているから、誰も話しかけてこない。
商品である鮮魚を扱う時、特に包丁を魚に入れる作業は集中しなくてならない
一発勝負になるからだ、
魚は1度包丁を入れると後戻りできない。真ん中の身を柵取りする場合は、捨ててしまう骨と皮の間を、多く残すことで歩留まりが変わる。ざっくり言うなれば、商品の重量が少しでも多くとる事が商売としての基本。包丁を何度も細かく入れてしまえば魚の身を傷つけることになるし、大胆に包丁を入れると骨や皮に身が残ってしまうと、歩留まりが悪くなる。
ピークオフの時間午後15時〜から集中して作業する為に、予め配置など指示を出してあるから、作業を邪魔される事がないはずだったけど、最近毎日のように、ウチの魚を物凄く険しい表情で、ジッと睨みつけているお客がいると、従業員たちが噂をしていたのだ。
50代前半?くらいの男性
髪を後にキュッと束ね陶芸家のような佇まい、中肉中背、どちらかといえば痩せ型なのだが、まとわりつく雰囲気が、喧嘩慣れした人というか、引退したボクサー?一言で表すなら武闘派の稼業のオヤブンと言っても違和感がない。故意的に殺気を出す俺とは違い、標準装備で人を寄せ付けないのだ。相当な修羅場を潜っていなければ、あのオーラは出ないだろう。
そのお客が来始めた頃、パートさんたち何故かわからないが、緊張が走るらしく作業スピードが少し早くなる、決してオラオラと絡まれるわけではなく、商品にケチつける訳でもないのだ。話かけてくるわけもないから当然無害認定される。最近ではパートさんたちも慣れてきて、勝手にあだ名まで付けられている。
パートさんたち、悪気があるのか否かわからないけど
オヤブンって、 ピッタリだな
本人に伝わらない事だけを俺は祈ろう。そうそう、あだ名つけたのはパートさんだし、俺ではないのだ。
オヤブンのルートは一般のお客とはまるで違う
真っ先に醤油、乾物、など調味料を先にカゴに入れてから青果コーナーへ移動すると、大根と大葉が毎回決まってカゴに入る。偶に地物の季節野菜が、そこに加わる事があるが、スラッとした大根をカゴに入れて、そのまま鮮魚コーナーへやってくる。
視線の先にあるのは、今朝仕入たばかりの鮮魚
ウチのスーパーでは直送便があるおかけで他のスーパーに圧倒的な差をつけられるほど自信がある。
このスーパーが、人気なのは鮮魚コーナーと、その鮮魚を使ったテイクアウトお寿司があるからだ
俺が天狗にならないわけがないだろう、
高校を出てすぐに築地市場で修行を積み重ね、時には有名店の板場に無償で働きに行って研究をしてきた。叩き上げのバイヤーなのだ、美味しい魚の事だけを考えてきた、誰にも負けない自信がある!
いつも睨むだけで買わない
魚が売りのスーパーに毎日来てるってのに、いつも睨むだけで、手に取ろうとしないのだ。どんなに良いものを置いて見ても、当然好き嫌いもあるのだから、ソッポを向くなら諦めもつくのだが、ジッと睨みつけておいて結果買わないのだから不思議と言うか、何というか、プロ意識に火をともさずにおれない。
今日こそ買ってもらおうじゃあねぇか!
話かけるキッカケを探していたが、今日はお買い得の地物大根があったから、お客様の為に教えてあげる事にした。
「いつもご来店ありがとうございます~私ここでチーフしています瀬川と申します!」
精一杯の笑顔で話かけてみた。
オヤブンは表情変えずにポツリと答える。
「あぁ、」
俺は、買い物かごを指指しながら、今日は、地物大根がお買い得ですよ!と伝えると、
「ありがとなぁ、悪いけどウチじゃあアレは使えねぇんだ、最近雨が多かったろ、そんで急激に気温が上がったんだょ、」
「し、失礼しました!余計な事を、 」
やっぱりだ、料理人であろうとは予測がついていたのだが、和食のお店などで使用する大根ならば
桂剥きでツマを創るのに適した大根は、ある程度
均等な物が良いし、急激に成長した野菜は中ヒビが入りやすいから家庭で大根卸しにする程度なら良いのだが、使う内容が決まっているなら、お買い得でも何でもない。
「いやぁ全然、ありがとよ話かけてくれてさぁ、実は俺もアンタと話したかったんだよ」
「あ、はい」
パック詰めされたマグロの赤身を指指しなが、オヤブンが笑顔で
「いつも見てたけど、アンタ良い仕事してんなぁ、あの赤身一見筋っぽく見えるけど、カットの仕方が上手に出来てて、食べやすそうだし、程よい脂が乗ってそうだ」
鼻の奥でツンと何かがこみ上げるのを必死に堪える。あのマグロは長崎の仲買から苦労して引っ張ってきた物だったからだ!
鮮魚カット商品は見た目が八割を決める
マグロは通年人気商品である程度値段が高いから、どこの漁港か、仕入先ブランドと、見た目の色が1番モノを言う。そんな中、今回の掘り出し物は一見すると赤身だか、筋っぽく見えるマグロだか、食べるとすぐに溶けるような高級部位であるトロのような脂の乗った状態なのだ。見た目のお陰で値段を抑えて仕入してきたから、お買い得商品で出していたのだ!
俺は感情を堪えきれず溢れだす涙をそのままにオヤブンの手をギュッと握しめて感謝の言葉を伝えていた
その様子を見て近くにいたパートさんたちが、微妙な顔をして後退りしていた。おっさん2人が手を握り合っていて、偉そうに天狗だった俺がオヤブンに頭をさげながら泣いている
生き別れた兄貴と再開したような場面なら、感動的なのだけど、スーパーの真ん中でおっさん達が手を繋いでいる様子にしか見えなかった
「良し決めた!今俺ん所に出入りしてる魚屋が
だんだん手を抜いてやがるから、ここで買うことにするよ!頼むな!」
数奇亭 一見さんお断り
オヤブンは数奇亭という居酒屋を経営している
地方都市の駅前雑居ビルの2階にあるソノお店は
人を煽るような派手な看板と対象的で、白い布に筆文字で数奇と描いてあるだけ、奥さんと2人でひっそりと営業しているが、カウンターは常連でいつもいっぱいだった。
「竜さん!マナガツオ入るんですが、どうします?」
あれからずっとオヤブン、じゃなかった竜也さんにラインでオススメの写真を送っては仕入をしてもらっている。出入りの魚屋はお店まで届けるのにワザワザここまで買いにきてくれるのだ、本当に有り難い! しかも値段を気にせずガッツリ購入してくれるから一般のお客様が10人来たのと変わらないし、予め売れるのがわかっているのだ、スーパーにとっても損が無い。
魚屋をやっていると、どうしても買いたくなる商品がある、旬の魚、しかも高級品達はスーパーでの仕入は懸念される事が多い。当然である知名度がある高級感なら、少量パックにして刺し身盛合せで販売すれば、さばくことも難しくないが、鮮度が命だからイベント予定日など集客予測がある日以外は繁盛店といえど勝負は出来ないのだ。
だけど俺には竜さんがいる!
平日でも関係無しで勝負魚を仕入出来る。
「もし余ったら、こっちに回しな!幽椀焼にしたら、飛ぶ様に売れっから、」
幽椀焼
江戸時代の茶人が発明した料理のようで、醤油、味醂、酒のベースのつけダレに柚子などの柑橘を一緒にしぼる、そこに魚を漬け込んでから焼き上げる料理だ。程よくタレがうっすら焦げるこうばしさ、喉を通り終わったあとの口の中は柑橘の余韻が微かに残ってスッキリとしている。
喉ごし って言うなら、食べごしってのもあるんだろうな、
何時もならエラと腹だけ抜いておけと指示があるが、宴会予約が相次いで忙しいらしく
「悪いが、3枚に卸しておいてくれ!」
との注文がある。宜しいんですか?こんな高級魚を僕なんかがやって?と躊躇したが、信用して任されることに嬉しさがあった。
骨は捨てるなよ!
何時もなら捨てる部分だが、これをすーと煮沸出汁は取らずに捨て換気扇の近く風の通るとこで一週間以上干ておく
![](https://assets.st-note.com/img/1690326656269-kPAsZc7xq4.jpg?width=1200)
いわゆるヒレ酒用
昔で言うとこの二級酒「安い日本酒」の中へコレを入れ時間をなるべくかけて沸かす。沸かすと言っても沸騰はさせないので慎重な作業になるが、香りと旨味がある日本酒は、なんとも乙な味となり喉を通る前に舌の真ん中がいち早く反応する
食材を無駄にしないだけでなく、高級材料だけを用いるわけもない、日々美味い物を追い求めなが、安価で良い商品を試行錯誤する職人魂に俺は日々揺さぶられていた。竜さんとの会話こそそんなにないが、互いの仕事を通じて語りあうようになっていた。あの日がくるまでは、
スーパーは相変わらずの繁盛ぶりで万年人手不足が続いた。パートさんたちの労働時間も増える
ただ時給を稼げるから良いってわけもないのだった。社員だけでなく、パートさんも一定の時間労働すると会社は雇用保険をかけなくてはならず、パートさんも旦那さんの扶養から外れないように年間所得を調整しているのだった。
アンケートによる作業効率化計画
パートさんアルバイト社員みんなの意見を集める
無駄な作業は無いのか?効率的な方法は?
採用されたアンケートは会社が買い取りますとのお達しだった。
本部に集められたアンケートを基に会議が行われた。1人のパートさんから作業見直し意見として、
管理職のチーフが一個人「オヤブン」に対しての対応が細かくやり過ぎているせいで、仕事が増える、他のお客様に対して不公平だから、写真を送ったりする作業など辞めるべきだと寄せられたらしく、
人手不足な最中パートさん達が怒涛を組んで辞められたら敵わないので、と専務から直々に言われてしまった。それでもヘビーユーザーである竜さんに対して専務も感謝していたので数奇亭に一緒に顔を出して、今までのように直接やり取りが出来ないことを詫びながら説明することになった。
「竜さん申し訳ない」 俺は深々と頭を下げる
専務は事の事情を説明し一緒に謝ってけれたが、余計な一言を発してしまった
「まぁ、数奇亭のような有名店が、誰もが買えるスーパーで仕入してるとお客様に知れたら、ちょっと体裁よくないですょね!」
その瞬間竜さんが不動明王の如く怒りを露わにした
「俺は言ってもらって構わないせ!嘘をついてまで、守るような見栄張って商売してねぇからなぁ!」
専務と俺はその形相に驚き返す言葉もみつからなずにその場にしゃがみこんだ時、奥さんが笑顔いっぱいで、温かいほうじ茶をスーと持ってきた。
「ごめんなさいねぇーお茶遅くなってぇー」
修羅場が途端に和やかになる
竜さんも少し落ち着き
「まぁ、色々言っても仕方ない専務さんよぉ、
こんなに熱い仕事する男はそうは居ないぜ、瀬川を大切にしてやってくれなぁ、」
専務と俺は深々と頭を下げ本部に戻る
事の流れを社長に話し終えた時、俺は鞄にしまっておいた退職願を出して頭を下げながら
「今まで、本当にお世話になりました!」
次の仕事はまだ見つかっていないけどね、俺は只たんに、本物の仕事がしてぇんだ
続く