【ショートショート】 ワタシたちが生きるように
「何でも言って」と彼女が笑って、
「じゃあ、金木犀の匂いを包んで」
と、彼がリクエストを出しました。
白紙のワタシを一枚剥がして、彼女がこっそり何かを塗り付けます。そして、折りたたまれたワタシは彼女のポケットに入りました。
こんばんは。ワタシは原稿用紙です。
表紙に目があって、十二ぺージ目に心があります。
天のりから剥がされても、一枚一枚、意識を共有できます。なんだかプラナリアみたいでしょう? もう何年も、彼女のクローゼットに住んでいました。
「誰にも共感されない小説を書く!」と彼女がワタシの一ページ目に書き殴ったのは、いつだったか。
あの頃、彼女は何かに苦しんでいるように見えました。歯を食いしばってワタシを睨んでは、ペンを走らせて。小さなマス目が埋まる直前に、書き集めた文字をぐちゃぐちゃと塗りつぶしては、ぼんやり宙を見つめて。だけど、ワタシにココアをかけてしまったときは、急いで次々とティッシュを当てたりして。
そんな彼女が、今夜、大量のワタシたちを彼に託しました。
「捨てられなくて困ってるの、」と笑って。
「はい、金木犀の匂い」
夜が更けて、ワタシはポケットから取り出されました。彼の肩越しに金木犀の木が見えますが、花はまだ咲いていません。
「どういうこと?」
「原稿用紙にヘアオイル塗ってみた。金木犀の香りなんだけど、どう?」
「ベタついてるよ」
車の後部座席に乗って、ワタシたちは彼の家へとやってきました。
時間をかけて読まれながら、ペリペリと剥がされました。
なぜか透明の太いテープでワタシたちを立体になるように貼り合わせながら、ワタシたちをまたじっと読みながら、彼が腕で目をこすっていました。
ワタシたちをクローゼットから取り出して読み返していた彼女が、何度もそうしたように。
しばらくして、彼が完成させたのは、一メートルを超える立体物、白い恐竜でした。
久しぶりに帰ってきたワタシたちの変身ぶりに、
「アロサウルス」と彼女が笑います。「ありがとう」
そういえば、彼女の本棚には、ぼろぼろの恐竜図鑑がありました。
遠い昔を生きた恐竜の一部は、鳥になって、今日も空を飛んでいます。
(1117文字)
締切にぎりぎり間に合いました…。よかった。
緊張していますが、楽しかったです。
応募させていただきます。
よろしくお願いします。
そして、いつも読んでくださる方、初めましての方、ここまで読んでくださり、ありがとうございます。