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メンデルスゾーン 『無言歌集』
10月を迎えて少しずつではあるけれど確実に冬へと移り変わる時期へと世の中が没入しようとしている。それにしたって相変わらず青梅街道沿いを歩いていると、交通の多さが知る限り数年前よりも悪化しているような気さえする。道路というのはかつて川と呼ばれたものたちがいずれも地下へと埋没した代わりに這い出た一つの流域体系だと感じる。
川魚はここに消え失せ、その代わりに自動車がその模倣をしている。少なくとも青梅街道沿いの景色というものをたとえるのであればそういう表現もあながち誤りでもないでしょう。
青梅街道沿いを歩いていると僕はいつもメンデルスゾーンの無言歌集を思い出す。道という川を泳ぐ四輪の魚たち。えら呼吸の代わりに排気ガスが音を吹くのが何ともではあるけれど、最近は電気自動車だって増えてきているし、それもいずれは解決する方向に進んでいるのでしょう。
メンデルスゾーンが後半生のライフワークとした無言歌集は全8巻、47曲からなる。そのうち最後の2巻は彼の没後出版となった遺作集といった面持ちもあるけれど、それにしたって作品全体を支配する甘い旋律の数々、それもシューマンの鍵盤作品のように調が曖昧に移り変わるような幻想的な様式のそれではなく、あくまでそのコンセプト通り、歌謡的な佇まいをまず前提として書いている辺りはいかにもドイツ的な構造的な性分をそのタッチ一つ一つに感じたりもする。その辺の感覚は歌曲王シューベルトの即興曲を聴いた時もまた同様に感じることで、いわゆるドイツにおける初期ロマン派の一つの傾向なのでしょうね。シューマンはその辺、特におもねったりもしなかったけれど、あの天然な性分なのだから、単に他人の書き方を意識的に見たりもしなかったようにさえ思える。特に交響曲第4番なんかはシューベルトの悲劇的交響曲のまんまオマージュなわけだから、いくらか垣間見える傾向として分かり良い事例の一つで、ただまあとはいえ、そういった試みの端々がその後のブウラームスやドヴォルザーク、マーラー、リヒャルト・シュトラウス、延いてはシェーンベルクへと至る道であることは頭から忘れておくべきではないことでしょう。
無言歌集を聴くならエッシェンバッハが良い。もちろんバレンボイムやギーゼキングが弾いてるものだっていくらか魅力的ではあるけれど、やっぱりエッシェンバッハが描き出すような反技巧的な息遣いとメンデルスゾーンの小品との相性の良さの前にはとてもじゃないけれど敵わない。
エッシェンバッハのピアノは、いわゆるテクニカルな速弾きや難関な重厚ある和音の連続への巧みな対応で光るような奏者ではない。そういうのを聴きたければマウリツィオ・ポリーニやウラディミール・ホロヴィッツ、ユジャ・ワン辺りを聴けば良い。エッシェンバッハの場合、音数が少なくスケールもそれほど大きくもないようなミニチュアな作品でこそ輝くものがある。それこそ彼が為した集大成たるカール・ツェルニーやヨハン・ブルグミュラー、フェルディナンド・バイエルの良き弾き手でありえたことには、そういった理由が少なからずある。
弾いてこそいないけれど、フェデリコ・モンポウなんかを弾くのであればなお良いことでしょう。あるいはハイドンのソナタなんかも良いでしょう。対照的なのは例えばストラヴィンスキーやフランツ・リスト。ドビュッシーだってエッシェンバッハで聴こうとは思えないし、ましてバッハなどはもしかしたら弾かない方が彼のためでさえあるとも感じる。それというのもこの一連の例示はいずれもエッシェンバッハがそれを弾くに値しないということを言いたいわけではもちろんなく、最も問題なのはそれを受容する自分たちにこそあるのだとさえ言えてくる。
メンデルスゾーンの音楽というのは一見して交響曲第4番「イタリア」や劇音楽「真夏の夜の夢」、ヴァイオリン協奏曲に代表されるような軽妙さにそれを見出そうとしがちではあるけれど、その本質の一つとしてやはり相当な信仰が常にかかっていることを無視することはできない。それはもちろん交響曲第5番「宗教改革」にしてもそうだし、あるいは普段あまり演奏される機会の少ない合唱作品に目をやると実にその傾向がよくわかる。特にオラトリオ「聖パウロ」(1836)と「エリヤ」(1846)はその点、象徴的な傑作で上述した感覚を前提に捉えようとすると、さながらメンデルスゾーンが書いたとは思えないような奏でに驚かされることでしょう。この辺の感覚はやはりメンデルスゾーンにとって1829年のヨハン・セバスティアン・バッハのマタイ受難曲の蘇演の影響が少なからずあるのだと思う。
メンデルスゾーンの信仰はキリスト教プロテスタント、ルーテル派に分類される。ルーテルは宗教改革の指導者マルティン・ルターの名前を訛らせたものだと聞き及んでいる。プロテスタントというのはカソリックや正教会とは異なり様々な派閥が散見されるわけだけれども、このルーテル派は一応、カルヴァン主義に基づく長老派と改革派と並んでプロテスタントにおける主要な教派として位置付けられている。
メンデルスゾーンのみならず、彼がやがて傾倒するヨハン・セバスティアン・バッハもまたルーテル教会の信徒でもあった。バッハとその同時代の巨匠にしてバッハの友、ゲオルク・テレマンもそうだ。遡ってみれば有名なカノンで知られるヨハン・パッヘルベルだってそうだったし、そもそもの開祖たるルターもまた讃美歌の作曲家でもあった。
ルーテル派の最大の特徴はこうした音楽の力を重んじている点をまず挙げるべきでしょう。禁欲を重んじたカルヴァン派とはその点を違える。
いずれにしてもメンデルスゾーンがバッハへと至る過程において彼がルーテル派に属していたという点は無視するわけにはいかないし、またバッハの蘇演以降も続く彼の作品制作の中にかかる信仰のあり方に耳を傾けてみると、やはりメンデルスゾーンという作曲家が持つ独特の深みの虜になることなのでしょうね。
無言歌集でもそうだ。48ある小品はいずれもキャラクターピースであるけれども、そのタイトルに目をやると「瞑想」であったり「巡礼」であったり「慰め」であったり、やはり信仰と密接に関わる内容の作品が多くを占めていることに気付かされる。また第8集の終曲、つまりは全48曲の最後の1曲の題が制作年代不明の「信仰」と題された作品であることも何とも暗示的だ。
ただやはりだからと言ってメンデルスゾーンの多くの作品を信仰を全面に打ち出して演奏するような切り口は野暮そのものだ。彼の音楽の演奏に際しては、そういった音楽の中で芽吹く信仰の形をそうでありながらそうと感じさせないような、やはりその表現の一つとして一種の軽妙さをかけて内奥にその祈りを潜ませてしまった方がかえって趣きがあって良い。だからこそではないけれど、エッシェンバッハのような演奏はその点、実に等身大だ。全くもってメンデルスゾーンを神話化しなかった。一人の人間としてのメンデルスゾーンをピアノを通じて語りあげた。ギーゼキングならそうはしなかっただろうけれど、あの等身大なスケールが実にあの作品にはちょうどいいものです。