稲垣足穂 『一千一秒物語』
詩や詞を書くための初歩的なメソッドとして、対象をいかにその対象たらしめる部分を迂回しながらそれを説明するというものがある。例えば友人の死で言えば「きみは石になってしまったけれども。」みたいな具合に言い換えがパチンとハマれば、その人はもう立派な詩人だと言って差し支えないことでしょうけれども。(もっともこれはどこかで聴いて耳に残っていた歌詞の一節だったかとも記憶している。)
このある現象を、その本質を迂回しながら本質的に語り上げるという過程は、世界と自分にまつわる認識と解釈の問題とも密接に関わってさえいる。あるいは言語の生成過程にも似ている。
あるいは知らないという状態がこれほどまでに崇高な形で捉えられるという意味でも、詩や詞の世界はいささか芸術の中でも特殊な位置付けにある。
どこかの文学者が言っていた。確かフランスの作家だったと思う。文章はやがて散文になり詩になり詞となって、やがて歌となって音となって……といった具合で、音の次にそう"為る"ものは何かと言えば「光」だと言っていた。この指摘は実に暗示的だ。
音が波であるということを知ると、やがて音が光となるという説明は実に容易に理解できる。ただ光の次は?
あまねく世界に対する自分という存在への問いは、おそらく人類はまだ猿だった頃からずっと考えてきたことなのだと思う。
自分という個人と、自分と自分以外の他人とに何かしらの結び目を求めようと色々な手口を試したりもした。初冠がそうだ。あるいは婚姻だってそうだろう。葬列のそれだってそうなのかもしれない。祭礼なんてましてそうだ。こうした積み重ねは今日、通過儀礼として社会という枠組みの中で湧き出る人たちが放射して消えていかないための結び目として薄らとながら、しかし確実にその繋がりを求めてやまない。誰にだって親がいる。親が分からない人はいるかもしれないけれど、全く完全に降って湧いたように親がまるでいない人など世にはいない。話は逸れるけれどある言語学者、彼はそう、日本語学者だったけれど、その人がこんなことを話していた。日本の、日本語を母語とする家族においてその人の名称を規定するのはその家族の中で一番チビなものだそうだ。チビとは当然チビを意味しない。末っ子や息子、孫がそうで、孫兄妹の末っ子がその人をお兄ちゃんと言えばその家族の中で彼は誰からもお兄ちゃんと言われる。そしてこの人がその人をママと言えばその家族の中で彼女は誰からもママと呼ばれる。そしてやはりその人がこの人をじぃじと呼べば、その人は家族の中で誰からもじぃじと呼ばれる。決して妹よ息子よ孫よと上意下達な名称決定は、文章表現を除いてあり得ないとまで言っていた。
これが日本語以外の言語圏での状況までは語られなかったけれど、おそらく日本語の持つ特徴の一つだと言っていたかと記憶している。
稲垣足穂の文章ほど人称という概念と距離を取った作家はいない。20世紀の最初の年を迎える直前の1900年の年末に産声を上げた足穂にとって世界とは、少年時代に目にした複葉機やそれに関わる数学や物理学なんかの近代科学にまつわるこれらと、現実にそれはそうと存在する星々の美しさと煙草の煙が支配していた。特に20世紀の初期、ちょうど足穂が15になるくらいの頃、 アインシュタインが一般相対性理論を発表した。また20を迎えてしばらく、そのアインシュタインが訪日し、慶應義塾大学で講義を行なった。
作家に久米正雄が「トルストイもドストエフスキーも所詮は高級な通俗小説で、私小説こそが真の純文学だ」なんて言ったものだけれども、この真実を記述するための態度、あるいは小説として形作られるための一つの指針としての立場の表明は、同時に彼らが範としたモーパッサンやエミール・ゾラ辺りの自然主義文学、延いてはそこから少なからぬ影響を黒船と共に積載されて伝搬していった「科学」というものへの半ば魔術的な影響を否定するわけにはいかない。その辺の顛末は中村光夫が岩波新書から出している『日本の近代文学』に詳しい。
稲垣足穂の作品の何よりの魅力は他者と呼ばれるあらゆる他者が意識のうちから排斥されて、その代わりに立ち向かうのが月や星といった、ある種、ロマンチックな対象、にも関わらずその過程で関わる言葉の一つ一つが哲学や科学からの少なからぬ影響の俎上に築き上げられているというこの空想と科学とが曖昧ともキメラともカオスとも取れる配分で調合されている具合の面白さでしょう。また傍らで堤中納言とアンリ・ベルクソンとを比べてみたり、オスカー・ベッカーとフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティとシャルル・ボードレールとが引き合いに出されたりと、小林秀雄並か瞬間的にそれ以上の教養が結露する瞬間の風速が堪らない。しかし何よりもモニュメンタルなのは、その全宇宙を瞬間的に目的語に添えた私という主語の浮遊感とやはり紛うことなき宇宙的な孤独、そして皆が言う「郷愁」という感覚なのでしょう。
月と星と夜というロマンと科学と哲学という論理、そしてこれに係りついに放射される私という存在の距離感、これはやはり同じく宇宙的な郷愁をしたためた谷川俊太郎が台頭するよりもずっと早い。あるいはここに科学の比重がとりわけ多くなると初期の吉本隆明のようなニュアンスへと変化していく。
谷川にしても吉本にしても、足穂のようなあの絶妙なアンバランスの前にはまだまだ宇宙的な距離感が欠落している。それが一種の過集中のそれなのだと思う。サルトルが『存在と無』の中の一節で「まなざし」について述べたように、あるいは後年、レヴィナスが『存在と無限』の中の一節で「顔」について述べたように、無意識から意識へと向けられる過程で浮き上がる何かへと彼らが立ち向かう傍らで、足穂は同時にその対象と私、もっと言ってよければ私という意識のそれ以外が瞬間的にビッグバン以前まで遡って歪んで行くような感覚を文章的に捉えている。私がテーブルの上にあるコップを捉えた瞬間、世界にはもはや私とコップという関係以外の全てが消滅し、そこに重力さえも否定され、あらゆる万物が崩れ去ってさえも、ただそこにあるものは私とコップという関係のみであるようなニュアンス。
足穂はもちろん代表的な『一千一秒物語』も良いが、やはり『ヰタ・マキニカリス』を読むとその真骨頂が分かることでしょう。また足穂は同時にホモ・セクシャル、少年愛の人物でもあったわけだから『少年愛の美学』、特に『A感覚とV感覚』と題されたエッセイは中々に凄まじい。性的指向を同時に軍団的な教養とやはり宇宙的郷愁とを通じて博覧強記に著して語り上げられる文章力は中々圧倒させられる。