【超超短編小説】操車場、陸橋、夕陽、ヨーカ堂
橋が無くなると言う。
操車場に架けられた陸橋は老朽化が著しく、維持管理に莫大な費用が要るがその目処が立たないので最終的な判断として撤去する事になったらしい。
何でも或る文豪が愛した陸橋だとかで、取り壊し前の日には大勢の人間が押し寄せていた。
橋は飲食店やレジャー施設と違う。
人が来ようが来なかろうが老朽化する。そして単なる橋に収益は無い。
だから無くなる。
それは仕方のないことだ。
人は老いる。そして死ぬ。
ぼんやりと橋を眺めていた。
「シャッターをお願いできますか」
知らない男が俺に声をかけてきた。
俺は愛想良く返事して男と橋を切り取る。
電子データになった男と橋は死なない。
いや、そうとも限らないか。石にでも刻んで月に置いておかない限りは。
「お義父さん、どうするの」
橋を眺めたり切り取ったりする人の多さに辟易した妻が帰りたそうに階段の辺りで座っている。
「どうしようも無いさ」
金を注ぎ込んで延命させたところでもう二度と海を眺めたりできない。
父親は橋の様に一部を残して保存する事もできない。
写真に収めようが記憶に残そうがやがて死ぬ。海も死ぬ。山も死ぬ。文豪も橋も死ぬ。
「俺も死ぬしお前も死ぬんだよ」
「どうしてそんなことを言うの」
「延命なんてしてくれるなよ」
「どうなっても生きていて欲しいのはそんなにダメ?」
「生きているとは言えないから」
陸橋が一部を残して保存された時に、俺たちはそれをもう陸橋とは認識しない。
「人間だった存在、俺だった物体、それは過去なんだよ」
妻は背を向けて階段を降りていった。
駅前にはマンションが立ち並び、振り向けば隣駅の巨大スーパーが品のない看板を誇示していた。
文豪がこの景色を見てそれでも愛するかは知らないが、どうあっても残して欲しいと言う気持ちがこれだけ多くの人を呼んだのかと思い、少しだけ泣いた。