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【短編小説】ヨドバシに於ける福音紙について
大手百貨店の男子便所にやたら長い列ができていた。お盆のサービスエリア女子トイレだってもうすこし短いだろう。
俺は逡巡してから下痢腹を抱えて便所に突入した。
限界は、近い。
男子便所に入ってみると、小便器は高い回転率で入れ替わり立ち替わり男たちの尿を受け流していた。
問題の行列は大便器の個室によるものだ。
二つあるうちの片方は扉が閉じられており、もう片方は扉が空いている。そして並み居る男たちは閉じられたドアの方に並んでいた。
俺は腹を摩りながら男たちの方をチラと見たが、括約筋がこれ以上の踏ん張りが効かないと鳴き声を言った。
「そうか」
俺はえいやと扉の開いている便所に突入した。
肛門が熱い。
意地を張ってあんなに辛いものを食わなければ良かったといつも思うが、好きなのだから仕方ない。熱烈なカプサイシンの刺激的をヒリヒリと感じながら事を済ませた時に、誰もこちらを使わない理由がわかった。
紙が、無い。
ここに無いと言う事はこの便所の中には無いと言うことだ。あれば誰か補充していただろう。こんな行列はできないのだから。
ダメ元で仕切りを叩いて隣室に要求してみたがにげも無く断られた。「こっちだって残り30cmなんだ」外からドヨメキが聞こえる。どうする、ほかに行くか?いやもう限界だぞ、などと口々に言うのが聞こえる。
俺は自分の鞄を漁ってポケットティッシュを探したが見つからなかった。代わりに、メンソール配合のボディペーパーが出てきた。
背に腹は替えられない。
紙が無いから手で拭く訳にもいかない。
俺は深く息を吸って、強力なメンソール配合のボディペーパーでもってウォシュレット洗浄後の肛門を拭いた。
強烈な清涼感が肛門を襲う。
まだカプサイシンの熱さが残る肛門とメンソールのそれが激突する。
俺の意識はふわりと持ち上がり、百貨店の男子便所を漂った。
人間が最初に覚える快感は排泄だと言う。
限界まで耐えたそれを解放する快感は凄まじく、また行列と言う絶望感も良い添加物となったであろう。
紙のない危機的状況を脱した上にカプサイシンの熱とメンソールの冷たさ、それはもやは涅槃と言って良いし俺は解脱をしたと言える。
点と線が繋がり、人間の原点が見え、タイルの目地に入り込んだ黴の模様まで見えた。空気の密度、水平線の意味、言葉の重さ、あの日に彼女が言いたかったこと、それら全てが俺の中を満たしていくのがはっきりと分かった。
俺はボディペーパーを荷物置きの小さな台に置いて大便器の個室を出た。
並んでいた男が入り、「あ」と言う声に振り向くと、中からは後光が差すように光が溢れていた。
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