【超短編小説】ツラの皮
人生は玉葱のようなものだ、何層にもなっているがその皮を剥き続けると中身が無い。
──と言うような話を聞いたことがある。いや、もしかしたらどこかで読んだのかも知れない。
涙が出てくることろまで似ているが、それはそれだ。何にでも使えるが殆どが主役になれないのもそうだし、まぁ飽きやすいのも同じだ。
「なに言ってるんだお前」
ヨシダが怒鳴った。
怒鳴るくらいしか出来ないのだから仕方ない。木製のダイニングチェアにインシュロックで固定された手足を外そうと暴れている。
「いや、ヨシダさんの面の皮ってどれくらいあるのかなと思って」
おれは出来るだけ穏やかに言った。
ヨシダは上司だが、お飾りのようなものだ。
別に仕事ができる訳では無いし、かと言って何かあったときに責任を持ってくれる訳でも無い。出勤時間はギリギリだし、退社は定時前だ。
人一倍働かない癖に、態度だけはデカい。
女子社員の扱いもひどく、お気に入りは下の名前を呼び捨て。そうでないと上の名前を呼び捨て。
「ほら、なのでヨシダさんの面の皮ってどれくらいあるのかって話になったんですよ」
ゴム手袋がパチンと乾いた音を立てた。
この為にノギスまで買ったのだ。
ヨシダが必死に叫ぶ。
「でもヨシダさん、おれが撮ったハシモトの写真買ったじゃないですか」
ハシモトはヨシダのお気に入り女子社員だ。
「アイコラできるかって訊いたの、ヨシダさんでしたよね」
医療用とは書いてあるが、通販サイトで買ったメスの切れ味とはどれほどのものか。あまり切れないと苦労しそうだ。
「ハメ撮りなら幾ら出します?」
口止め料も含めて長いお付き合いを、と言いたいところだが、そろそろ時間だ。
紐を引くとヨシダの首がダイニングチェアの背もたれに固定された。
ヨシダは首を左右に振っていたが、鼻をつまんで開けさせた口に酒を流し込んで飲ませると、それも次第に落ち着いてきた。
おれはいよいよメスでヨシダの顔を剥ぎ、ノギスでその厚さを測った。
「なんだ、あんまり大したことないな」
社食のトンカツとそう変わらない薄さしか無いヨシダの面の皮は、エアコンの風に揺られてひらひらとはためいていた。