Re: 【超短編小説】Re:Re:Re:ゴースト劣化コピー
腹が減ったのでナッツでもつまむか、と思ったもののまだバーが空いている時間ではない。
仕方なく大きな通りに沿って歩くことにした。郊外特有のガタついた、雑草とゴミが目立つ通りだった。
牛丼屋があった。
その通り沿いに建っている牛丼屋はまるで地元の牛丼屋と同じであった。
チェーン店なのだから似たような建物になるのも当たり前かと思ったが、特徴的な時計塔の汚れや車椅子用のスロープのひび割れ、店内のカウンターテーブルや四人掛けの机についたシミや椅子の裂け目までが同じだった。
まるで自分が地元に戻った気すらした。
しかし店内を伺うと、そこにいる客も店員も見知らぬ人ばかりだった。
そうだ。気のせいだ。
ここは知らない場所だ。
自分が通う牛丼屋では見た事の無いひとたちた、ならばここは自分の知る牛丼屋では無い。
知らない店員が持ってきた牛丼の器は、外側に醤油タレが乾いてこびり付いていた。
文句を言いかけたが高級料理店でも無いのだからと気にするのをやめた。味噌汁が薄かろうが、コメが固かろうが構わない。
そう言えば同じ牛丼チェーン店の同じ牛丼でも、味が同じとは限らないと聞く。セントラルキッチンでも誤算が出るらしい。
それは試験官で産まれた俺たちにも同じことが言えるのかも知れない。
だとしたらそれはコピーやミラーリングの一種なのだろうか。単なる相似形でしかないんじゃないのだろうか。
それとも誤解の範囲内か。
金を払って牛丼屋を出る。
相似形の街で牛丼を食べたおれは、食べる前のおれとどれほど違うのか。
おれは昨日と同じか。
おれは明日も同じか。
判で押した様な毎日と言う相似形。インクや朱肉や台紙や手のコンディションで出る変化を楽しめるか。
アダルトビデオの動画サイトには似たような女優やビデオが眩暈のするほど並べられている。
あの日見たビデオの名前と女優が分からない。
それにあの日読んだビニール本の名前もモデルの名前もわからない。
見たことのあるビデオとまだ見ていないビデオの違いも分からない。
アダルトビデオを見る前のおれと見た後のおれに何の違いがあるのか。
おれにわかっている事の方が少ない。
もしかしたらそんなものは無いのかもしれない。
おれはあの日、バスケットシューズの紐を結んで家の中に向かって
「いってきます」
と大声で叫びながらドアに手をかけた。
ほぼ同時に同じ様な隣の家から、またその隣の同じ様な家から、さらにその隣の同じ様な家から、それぞれ同じ様に「いってきます」と叫びながら、同じ様な年代の同じ様なバスケットシューズを履いた同じ様な子どもが同じ様に右足から敷居を跨いで出てきた。
「帰る時に家を間違えないのだろうか」
「間違えたって気づかないのかもな」
「そもそも親が分からない」
「彼らに自分の子どもが分かると言えるのか」
それは休日の昼であり、慣れ親しんだ事は夜しか知らないのだと気づいた。
「死に絶えるお前の細胞を餞別を」
「死に絶えるお前の細胞に花を」
相似形が崩れていく。