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Re: 【短編小説】東屋以外ぜんぶ水没

 御苑を散歩していると雨が降りはじめた。
 通り雨くらいならと軽くみていたが、次第に強まってきたので慌てて避難することになった。
 芝生に見つけた東屋まで駆け込むと、雨はとたんに本降りとなり、御苑の芝生は煙るほどの雨にがおんがおんと飲み込まれていった。

「やれやれ、なんとか助かったな」
 俺たちは全身の雨粒を払いながら、その小さな屋根の下にいる先客たちを盗み見た。
 それは数名の女子大生グループで、東屋のベンチには座らずにコンクリートの床へ敷いたビニールシートに車座していた。
 そして図らずも闖入者となった俺たちを、鬱陶しそうな目で見ている。

 いかに入場料を払って訪れた公園とは言え、東屋の占拠権までは売っていないのだから俺たちにも使用する権利はある。
 さて、なんとしたものか。
 大変な雨ですなぁ、などと見れば分かることを言うのはいかにも気の利かないまぬけだし、黙っているのも大人気ない。
 逡巡していると
「あの、少しスペースを空けてくれませんか?」
 と、連れ合いが唐突に切り出した。


 すると車座していた女子大生のひとりが胡乱な目を向けて
「うるさいな、あたし達が先に来たんだから」
 と言い、やたや文字情報が多い派手な缶の酒をごぶりどぶりと一息に飲み干した。
 そうして飲み干した缶をごちゃりと握り潰してみせた。
 
 

 どうやらニホンオオザケノミと言う動物の威嚇行動らしい。
 それを見た連れ合いは、車座の真ん中に置かれた弁当を見ると鼻で嗤い
「フン、どうせ手作りのツマミを持ち寄って飲もうって話になったんでしょう?その割に、どのツマミも鶏ガラと胡麻油とおろしニンニクの味で一緒だから、ちっとも箸が進まない。違う?」
 と言って、先ほど俺と一緒に買ったばかりのデパ地下惣菜と弁当を掲げた。

 車座した女子大生たちの目が、デパ地下謹製のビニール袋に注がれる。
 たっぷりと間をとった連れ合いは
「まぁ、アンタ達みたいなのには味の違いなんて分かんないかしらね」
 と嗤った。
 連れ合いもニホンオオザケノミであるが、闘いの年季というものが違うようだ。

 リーダー格と思われる先ほどの胡乱な目をした女子大生は、酔いと怒りに身体を紅潮させ始めた。
 しかし取り巻きの女子大生たちは連れ合いの掲げたデパ地下惣菜と弁当に目が釘付けで、今にも舌なめずりしそうな勢いである。
 連れ合いは余裕の笑みを見せた。
「あら、そちらの皆さまはこれに興味があって?宜しかったらご一緒に如何かしら?」


 連れ合いは高らかに言うと、少し広く空いているスペースにちゅるりと身をねじ込んだ。
 まるで最初からその予定だったようにシンデレラフィットしている。
 女子大生達も仕方なしを装いながら、連れ合いが座るスペースを空けた。
 目はデパ地下惣菜と弁当に吸い寄せられたままである。

 その様子を見たリーダー格の女子大生は、裏切られた怒り身体を震わせると、頭から蒸気を発し始めた。
 貧乏ゆすりにも似たシバリングはあまりにも激しく微細で、もしかしたら気づいていたのは俺だけかも知れない。


 俺はシバリンク女子大生から目を切って、煙草を咥えながら東屋の外に目をやった。
 数メートル先も見えないほどの激しい雨が降っている。
 まるで滝の真ん中にいるような気分だ。
 マッチを擦り、手の中でその暖かみを感じながら煙草に火を付けた。
 煙を吐き、マッチの燃え滓を指で弾くと、雨に打たれて粉々に砕け散った。
 全く、ひどい雨だ。

「あの」
 遠慮がちな声に振り向くと、シバリング女子大生がシバリングしたまま俺を見ていた。
 連れ合いは楽しそうに酒を頂戴している。
 どうにかしろ、と言うことか?返事に迷ってぐずぐずしているとシバリング女子大生は続けてこう言った。
「あの、ここって言うか、園内って言うか、区って言うか、禁煙なんですけど」


 まぁ、そりゃあそうだ。
「そりゃまた失礼」
 俺はヘラヘラした愛想笑いを返し、咥えていた煙草を女子大生に向けて指で弾いた。
 火のついたままの煙草は、シバリング女子大生に当たるとやはり粉々に分解されて飛び散ってしまった。 


 そして煙草を粉砕したシバリング女子大生は、自身のエアインテークから火の粉を吸い込み激しく燃え上がった。
 すっかり酒の回った車座は燃えるシバリング女子大生を見ると手を叩いて笑った。
 俺は新しく取り出した煙草に火をつけた。
 燃えるシバリング女子大生は、やがて小さな爆発を引き起こして飛び散った。

 連れ合いと取り巻きの女子大生たちは、爆散したシバリング女子大生から興味を失うと、そのシバリングし続ける血肉にまみれたデパ地下惣菜や弁当を黙々と食べてはお茶や酒を飲んでいた。

 雨はまだ止みそうにない。

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にじむラ
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