じゃんがら
遠くから、太鼓と鉦の音が聞こえる。
大きな盥に浮かんだ缶ジュースをひとつ取り上げて縁側に腰かける。容赦なく照り付ける太陽が眩しく感じる。穏やかな潮風が肌を撫でて不愉快さを和らげた気がした。
「あ、いけないんだ」
背後から声をかけられて振り向く。
「それ、じゃんがらの人たちが飲む用でしょ?」
「まぁ、黙ってりゃバレやしないさ」
顎で大きな盥をしゃくると、彼女も盥からジュースをひとつ取り出した。氷水で冷やされたジュースの缶からしたたり落ちる水が板張りの縁側に小さなシミを作った。隣に腰かけて缶ジュースのプルタブを引くと、小さな音を立てて飲み口が開いた。
「音、出ちゃった。昔は音を出さないで開けられたのにな」
「そうだっけ?覚えてないな」
「ねぇ、いまは片手で開けるの、できる?」
「もう一本飲んでいいなら、見せてやってもいい」
小さく笑うと「それは飲みすぎだからダメ」と言って立ちあがった。逆光の中でおそらく笑っているであろう顔はよく見えない。
どん、と太鼓が鳴る。間を置いて、ちん、と乾いた鉦の音が短く響く。
袖を肩まで捲った若者たちが太鼓と鉦を鳴らしながらゆっくりと歩いてくる。白い小手の中で金色の鉦が鈍く光る。ちん、と鳴る鉦は灰皿の様に見えた。
「ねぇ、煙草吸いたいでしょ」
見透かしたように笑い声が聞こえた。
「まぁ、止めた事になってるからな」
どん。
両肩からぶら下げた太鼓が鳴り、間を置いて鉦がなる。ちん。
「吸ってもいいんじゃない?誰もいないんだし」
どん
「お前がいるだろ」
ちん
「うん」
どん
「なぁ」
ちん
「ん?」
どん、と太鼓がひときわ大きな音を立てる。男たちが太鼓を抱え込む様に上半身を前に倒すと、鉦を持った男たちが太鼓の男たちを取り囲むように円形に広がる。鉦の鳴るリズムが早まり、しばらくするとその早いリズムに併せる様に太鼓もどんどんと打たれていった。
「好きなんだよ」
「……」
ちんちんちんちん、どんどどんどんどどん
「過去形では言わないけどさ」
ちんちんちちんちちん、どどんどんどどんどん
「ねぇ」
ちちんちちんちん
「ん?」
どんどんどどん
「告白って言うのはさ、関係性の確認でするもんなんだよ?」
ちんちんちちんちん
「あぁ、そうだな」
どんどどんどん
「自分がラクになりたいからするもんじゃ、ないんだよ」
ちんちちん
「そうだな」
どんどん
「だったら、なんでそういうこと、言うの?」
ちちん
「言えるうちに言っておかないとさ」
どん
「言ってくれなかったじゃん」
少し息を吸うと、潮風をはらんだ熱っぽい空気が肺を満たした。
盆提灯が回り、色とりどりの光が部屋を照らす。
「いま言ったら、さようならじゃん」
飲み口の開いていない缶ジュースを持ち上げて、音を立てないようにそっとプルタブを引いた。