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Re: 【短編小説】同窓会

「仕事なにしてんの」
 久しぶりに会った同級生が俺のグラスにビールを注ぎながら訊いた。男の名前は思い出せない。まぁ向こうも似たようなもんだろう。
「よくもまぁ興味が無いのにそんな事を訊けたものだなぁ」
 俺はとびきりの笑顔で答える。雑談なのは分かっているし、同窓会で人脈作りだのをする気がない事くらいは分かる。
 俺にビールを注いだ男は曖昧に笑った。
 目の前に座る男がなんの仕事をしているか(まぁ大体が医者か広告代理店、あとは保険屋か銀行員だ)も知らないし興味が無いが、まぁ身なりから察するにそこそこの感じなんだろう。


「何の仕事かって?
 もし俺がここで”点滅する横断歩道の残り数メートルで何故か走るのを止めて歩き出す奴を轢く仕事”とか、”路駐バイクのメットホルダーに掛かってるヘルメットに脱毛剤を塗る仕事”とか”勃起した陰茎にタオルを巻いてカーウォッシュの磨き上げを担当してる”とか言ったらどうするつもりだ?
 それとも何か、お前は俺がどんな仕事をしていてどう答えても受け答えができるコミュ強の権化ですどうぞお試しあれってなもんか?」
 と言いたくなるのをゲップに溶かして「まぁ色々だよ」と吐き出した。


「色々って、なにさ」
 赤い顔をした男が笑った。
 そうだ、こいつの名前は小木だか矢野だかと言った感じだ。そいつがこちらを見ながら笑っている。
 とにかく他人を馬鹿にしたい、軽んじたい、蔑みたい、自分が所属する社会で発散できないそれらの欲望が露発してはビールの泡と共に弾けて香った。
 地位、収入、名声。住んでる地域やマンションの階層、どこかひとつでも他人より秀でていたい願望が隠される事もなくそこにある。

 馬鹿だな、学校が横一線でスタートを切っている事だって錯覚なのにと思い黙っているとまた別の赤い顔をした男が途切れかけた会話を繋ぎに入ってきた。
「なになに、なんの話してるの」
「いやね、こいつが今なんの仕事してるのかって話をしててさ」
 小木だか矢野だかが、真野だか木村だか何だか曖昧な奴にニヤケた顔を向けた。
 俺の仕事がロクなもんじゃなく、収入も遥か下だと分かりきった上で遊んでいる。
 ご立派なものだ。
 俺はすっかりぬるくなったビールを流し込んでから「本当に聞きたい?」と尋ねた。


 二人は顔を見合わせて「あぁもんちろん」と笑った。
 俺がどんな惨めで無様な生活を送っているのか、下衆そのものが目を輝かせて俺を見ている。
「じゃあまぁ、言うからさ、ちょっと話を整理するから待てよ」
 俺は目の前のビールを飲み干しながら、小木だか矢野だかが真野だか木村だかがお互いの子どもの近況を軽く報告しあっているのを眺めていた。

 俺は話の順番をつけて、口を開けた。
「別に大した仕事はしてねぇよ。定職ってんでもねぇけどな」
 小木だか矢野だかと真野だか木村だかはやたら嬉しそうな顔になった。
「え、なに?フリーター?」
「フリーター、と言うか、フリーランスってんでもないけど」
 どこまでお茶を濁そうかな。
「なに?クリエーター的なやつ?」
「パチプロとか?馬券師?」
「いや、そう言うんじゃねぇ」
 小木だか矢野だかと真野だか木村だかの引き出しが無い事も面白い。
 世の中にどんな仕事があるか、環世界が狭い奴らは大変だ。


「何だよ、教えろよ」
 暴発寸前の下衆陰茎は我慢汁を唇の端から垂らしながら俺を問い詰める。
 だが俺は笑いを堪えきれないでいた。
「まぁ、困ってる人を助ける仕事だよ」
「は?」
「案外なんとかなるのよ、それで」
「なにそれ、NPOとか?公金で食ってる感じ?」
「いや、そっちじゃない」
「は?じゃあなんだよ?」
 小木だか矢野だかと、真野だか木村だかが次第に苛立ちを募らせ始めた。

 面白いのはここからだぜ、耳の穴かっぽじって良く聞きな。
「お前らさ、街中でポスター見たことないか?男性急募、高収入保証みたいなの」
 俺は指で空中に長方形を描いた。
 小木だか矢野だかと、真野だか木村だかは食い気味に
「あぁ、なんか怪しいやつな。ボディコンの女が身をくねらせてる写真の」
「あれ貼ってるの?いくらで?」
 と再びニヤニヤ笑い始めた。

 俺は空中に長方形を描いた手で、次は空中を揉みながら笑った。
「そう、それ。貼る方じゃなくて貰う方」
「……は?」
「まぁ言ってみればジゴロみたいなもんだな」
 俺は揉むのを止めて空になったグラスを回した。小木だか矢野だかが真剣な表情になってビールを注ぐ。続けろと言う事だと捉えた。


「最近だと、稲田堤に新しく出来たマンションを訪ねたよ。むかしは田んぼしかなかったのにすげぇな。
 行った先のマンションも最上階でよ、ビックリしたわ。眺望がいいね。
 そんで、まぁ旦那が忙しいから暇してるってんで、まぁお茶だけのつもりだったけど……さ。ベランダとか風呂とかでまぁ、そんな感じよ」
 別に大した美人でもないが、十人並みってんでもない感じだったよ。スタイルは良かったしな、元吹奏楽部だっけ?締まりは良かったしな……と思い出しながら仕事を説明した。


 真野だか木村だからゲラゲラ笑っているが、小木だか矢野だかは急に真顔になっている。アハハ、そうだよバーカ。
「その前だと、どこだったかな。
 あー、聖蹟桜ヶ丘辺りのタワマンだったかな。これもほぼ最上階だったね、南向きの良い部屋だったよ。
 旦那の勃ちが悪くてご無沙汰、なんて言うからそりゃあもう凄かったね。元バレーボール部?デカい女だったな。乳もデカい。アレも楽しかったなぁ」
 今度は真野だか木村だかも真顔になった。


「ってな感じで、まぁ楽しい事をしてお金を頂戴してるのよ」
 俺は小木だか矢野だがの注いだビールを飲み干した。
 暴発寸前だった陰茎たちは俺の目を射る勢いで見つめていた。
 馬鹿だな、何も訊かなけりゃ知る事は無かっただろうに。自業自得だよ。
 俺は手を上げて店員を呼んだ。
「すみません、瓶じゃなくて生ください」
 店員は愛想よく答えた。
 俺は二人を見て「いつも生なんだよ」と言って笑い、大皿に残された血の染みたツマを食べた。

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にじむラ
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