
【短編小説】say umm, それは君が見ない光
朝起きてベランダに出た時に、それが高層階であったら自分の衝動を抑えられる自信が無い。
だから松代羅ケンは高層階には住まないように決めていた。
3階だとか4階から落ちて都合良く死ねるほどの運は持ち合わせていないはずだ。
松代羅ケンはため息をついた。
淹れたてのコーヒーはまだ温かい。
街が目覚め始めている。
昨日の暖かさとは打って変わって酷く冷え込む。
テレビのニュースも、インターネットもないこの瞬間だけが正気でいるつもりになれる。
だから松代羅ケンはベランダに出るのが好きだった。
世界が歪んでいるのは自分の罪の所為であるかは別として、少なくとも親が狂っていくのは自分の罪の所為である。
そのくらいの自覚はある。
だがその自分を産み育てたのも親なのだから、それもまた仕方ない無いことだ。
松代羅ケンはやめた煙草に手を伸ばしながらそんな事を考えていた。
両親が松代羅ケンの17番染色体を破損したのは故意では無い。たまたま破損してしまった。
偶発的なエラーであり、その瞬間に孤独が決まっていたとも言える。
だが松代羅ケンが彼の子どもの17番染色体を破損する確率は50%で約束されている。
そしてその破損は頓服や注射ではどうにもならい。
産まれた子に罪は無いが知っていて産んだ親には罪がある。
側室を必要とする程の家でも無い。
松代羅ケンは孤独である事を選んだ。
別にそれで構わなかったし、それを寂しいと思ったりもしなかった。親を恨む気持ちも無かった。
仕方の無いこと、と諦めているとも言えた。
だからどう生きてどう死ぬかは自分で決められる。
松代羅ケンがやめた煙草に手を伸ばしたのもそれが理由だ。禁煙してまで生き続ける理由は無い。
子どもが産まれた同級生たちは、あまり自身を省みなくなった。
そう言えば最近は少し太ったな、などと言って笑う。
その顔が光を放っている。
つまり、子孫とは光なのだ。
それは後光のようなもので、子が親を照らしその親を照らす。
その光を絶やさない為に生きるのだし、その光の中で死んでいくのだ。
だから松代羅ケンのように子どもを持たないと決めた人間の人生は、とても身勝手だし薄暗い。
甥だとか姪だとかにその代打をさせるのは歪だと言う自覚くらいはあるし、それがせめてもの救いであるとも、松代羅ケンは開き直っていた。
だから、光を無くしつつある松代羅ケンの両親が少しずつ闇に怯えて狂っていくのも仕方ないと思っているし、自身も最後は暗闇の中で死ぬのだと思っている。
松代羅ケンは短くなった煙草をベランダの排水口に向かって投げた。
赤い仄が光がくるくると回る。
沈みかけた満月がまだ明るい。
この部屋が高層階では無くて良かった。
手の中にあるコーヒーはもう冷たくなっていた。
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