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Re: 【小説】ババアthe読経(no脳know)
「こちらになります」
スーツの男はおれを振り向きもせずに、ガスメーターに引っ掛けてあるキーボックスの中からディンプル式の鍵を取り出すとドアを開けた。
狭い玄関の右手にシューズラック、左手には洗濯物置き場がある。
短い廊下にはユニットバスとキッチンがあり、その奥には8畳ほどの部屋があった。
東に向いた窓には残置のカーテンが下がっている。
一人暮らしをするには十分な部屋だろう。
駅から徒歩15分、近くにコンビニやスーパーは無し。
住宅街のど真ん中。
極端に日当たりが悪い訳でも無いし、近くが反社会勢力の事務所だとか宗教の活動拠点と言う訳でも無さそうだ。
こんなものだろう、と思うがそれにしても気になる。
「良い部屋だと思うのでここに決めたいんですけど、本当にあの値段で良いんですか?」
スーツの男はやはりおれを見ない。
手に下げたブリーフケースをゴソゴソとしながら、早口な小声で読み上げるように答えた。
「ありがとうございます。はい、お家賃に関しましては初月無料で、翌月からは3万円を頂戴致します。もちろん敷金礼金無し。ただ違約金の方が……」
「それですよ、違約金って」
スーツの男が朗読を止めた。
だがやはりおれを見ないまま、別の朗読を開始した。
「はい、半年以内ですとご退去時に少々頂く事になりましてそれもこちらの契約書に記載されておりますのでご確認……」
「もう聞いちゃいますけど、出るんですよね?ここ」
瑕疵物件とは書かれていない。
しかし。
おれが何か言おうとすると、スーツの男は事もないように言った。
「はい、出ますね」
事故物件だ。
スーツの男は急におれを見ると、また例の朗読口調になって
「また弊社では違約金のほかにリピート料金も設定しておりまして、現在ではウェルカムバック料金と言う名称に変更されております。こちらも契約書に記載がございますのでご確認をお願いしております。ウェルカムバック料金にてこの部屋にご入居を希望の場合はお家賃を初月から10万円ほど頂いておりまして……」
「いやリピーターっているんですか?出ていったのに?」
スーツの男がピタリと朗読を止めた。
そして急に砕けた口調になると
「はぁ。私どもの方でも気にはなっているんですが、まぁお客様方に気に入って頂けるのは何よりで御座いますから……」
と言って部屋の窓を開けた。
スーツの男が「確実に出る」と言ったこの部屋を見回す。
クローゼットや押し入れを見たが特にシミも見当たらないし、お札が貼ってあったり盛り塩をしてある訳でもない。
何が出ると言うのだろうか。
少なくとも違約金を払ってでも出ていくくらいの何かだ。
しかしリピーターがいると言う事を考えると、ひどく悪いものが出ると言うことでは無いのかも知れない。
リピーター?ウェルカムバック?
必ず一度はこの部屋を空けるのだ。
戻るとは言え、厭な思いをすると言う事は決まっているように思う。
しかしそれでも戻ってくる。
三倍にもなる家賃を払ってでも戻ってきたいと思い、そしてまた出て行く。
その隙間におれの様な人間が格安の部屋を借りに来ては、こうして不思議そうな顔をしながら書類にサインをする。
その晩のことだった。
気になったおれは何の荷物も運び込まず、駅前で買ったコンビニ飯を缶コーヒーで流し込み、煙草を吸おうとして敷金について訊き忘れていたことに気づいた。
「まぁいいか」
窓を開けると晩春の風が吹いた。
その時だった。
「え?」
部屋を振り向く。
何も無いはずの部屋で物音が聞こえた気がした。
床に丸めていたジャケットをのけた。虫の類もいない。
廊下に誰かいるのか?
それとも鍵をかけ忘れたか。
……気のせいか。期待し過ぎたかなと思い、フローリングの上に寝転んだその瞬間だった。
「うおっ」
思わず全身を硬直させた。
視界の端に老婆がいる。
皺だらけの顔面に乾燥しきった縮毛。枯れ木の様に細い腕。
出た、と思った。
だが喉は閉まって声が出ない。
緊張と恐怖で固まったおれを見て笑った老婆は音もなく近づくと、そのまま足元に回ってジーンズを脱がせた。
何をされるのか。
この老婆は脱衣婆なのか。
おれは死にかけているのかなどと様々な事が同時に頭の中を駆け巡る。
そうだ、お経を読もう。
般若波羅蜜多時……えぇとなんだ?色即是空空即是色と色不異空空不異色しかわからん。
「ふひひ」
不気味に笑う老婆はおれの下着も剥ぎ取ると、そのまま陰茎を口に含んだ。
激しい恐怖と同時にえも言われぬ快感が背筋を走る。
「娑婆訶!!」
おれは絶叫しながら絶頂した。
そして老婆の高笑いを聞きながら気を失った。
翌朝、何もない部屋で目を覚ますとおれは下半身を出したままだった。
夢ではない。
恐ろしい思いをした。
だが激しい快感でもあった。
おれは迷いながらも、元いた部屋から少しずつ家財道具を運び入れた。
そしてこの部屋で寝る度、老婆に精を吸われた。
それは確かに恐怖であるはずなのだが、同時に強烈な快感でもあった。
そしてその天秤は快感に傾き続けていた。
おれは次第に老婆が出てくるのが半ば楽しみにすらなっていた。
「阿難!!」
その日もおれは老婆に精を吸われていた。
いや、もはや老婆ではなかった。
何日かおれの精を吸い取った老婆は少しずつ若返っている。
おれの精を取る度にひとつ若返っているのかも知れない。
何日か経つと老婆は美魔女と呼べるくらいの若さになっていた。
やがて美熟女になり、美女になった。
とても美しかった。
そして妖艶であった。
なにより強烈な快感だった。
おれは毎晩眠るのが楽しみになったし、この部屋を出ていく人間の気が知れなかった。
「舎利子!!!」
その日もおれは元老婆の口に精を放った。
ふひひと笑う元老婆が成人ほどの姿になったのを見てふと気がついた。
このまま行くと彼女は女子大生になり、女子高生になり、女子中学生、小学生、そして……。
おれはめくるめく快感に身を委ねながら芽生えた新たな恐怖と対峙する事になった。
早くこの部屋を出なければならない、だが早くこの部屋に戻りたい。
いや、そのためには家賃を稼がなきゃならない。3倍、10万円の部屋だ。
「羯諦!!!!!!」
焦燥感が快感と共に背骨の中を駆け登っていく。
果て疲れたおれの目の前でまたひとつ若くなった女が怪しく微笑んでいた。
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