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【小説】ちひろちゃん、

 起立!気をつけ!
 礼!
 着席!

 新しい、朝がきました!
 これは、希望の朝かな?
 それとも、どんな朝だろう!
 椅子を引いて座ると、自分自身がピタリと学習机に収まり、その隙の無さはとても気持ち良い、なんとも素敵な感覚でした!

 先生が出席をとります!
 窓際から順番?
 それとも出席番号?
 どちらにしても、わたしは真ん中です!
「ちひろちゃん、はい!」
 背筋と腕を、まっすぐ上に伸ばして、元気に答えます!
 白いレースのカーテンが膨らんで、大きく開けた窓から、まあるい風が教室にやってきました。
 こんにちは!
 まだ、おはようかな?
 それとも、こんばんは?
 校庭から遊びにきた風は、ころころと教室を駆け回ると、ふたたび元気よく校庭にもどっていきました!

 わたしが風を見送ったその時です!
 がらがらと音がして、教室の扉が開きました。
「きみは、なにをしてるんだ?」
 扉の方をふりむくと、知らない男のひとが、こちらを見ています。
 用務員さん?
 それとも、あたらしい校長先生?
 でも、その男のひとは、わたしが知っているおとなと違って、スーツを着ていませんでした。
「あなたは、だれ?」
 知らない男のひとは、梟みたいに大きな目を開いて、わたしを見ています。
 わたしは、そのひとを、すこしこわいなと思いました。

 わたしは、もう一度、男のひとにききました。
「あなたは、だれなんですか?」
 わたしは、こわくなったので、ゆう気を出してにらみつけると、知らない男のひとは、岩みたいに冷たく、大きな声で「きみこそだれだ」と言いました。
 教室はしんと鎮まりかえりました。
 わたしは、ゆっくりと、より大きな声で言い返しました。
「帰ってください!ここは、わたしたちの、大切な教室です!これから、授業が始まります!」
 すると、その男のひとは、さっきよりも大きく目を開いて、言いました。
「いい加減に、しなさい!」

 わたしは、男のひとが出す大きな声にびっくりして、大粒の涙をこぼしてしまいました。
「泣いたって、ダメだよ」
 男のひとはぶ厚い鉄の扉みたいに、かたくて、冷たい声で、わたしに言いました。
「こんな時間に、きみは、なにをしているんだ?」
 そう訊かれたとき、わたしは、思わず叫んでしまいました。
「こんな時間、ですって?いまは朝で、これから授業があると、言ったじゃないですか!」
 男のひとは、怪訝な顔をしました。
「しかし、ここにはきみひとりだし、いまは夜中だよ」
 え?と思い、ふりむくと、そこには穴が開いたみたいにまっくらな空と、だれもいない、なにもない部屋が広がっていたのでした。

 さっきまで、わたしが見ていた景色は、どこかにいってしまいました。
「ここは、どこ?みんなは?あなたは、なにをしたの?」
 とつぜんひとりになって、とてもこわくなったわたしの目から、どんどん熱い涙がでてきます。
「こまったな、ぼくは、なにもしていないんだよ」
 知らない男のひとは、頭をポリポリとかいて、言いました。
 わたしは、わんわんと泣きました。

 わたしが泣きやまないので、知らない男のひとは、さっきとはちがうやさしい声で
「なまえは、なんていうんだい?おとうさんや、おかあさんは、どこかな?」
 とききました。
「わたしは、ちひろといいます。おとうさんは、おしごとでいません。おかあさんは、わたしを、まえの校長せんせいと会わせてから、どこかとおくに行ってしまいました」
 それをきいた男のひとは、なぜか悲しそうな顔をして
「そうか、それは大変だね」
 と言いました。
 そしてわたしのそばに来ると、男のひとは、じぶんが着ている服を脱いで、わたしに着させてくれました。
「これで、寒くないね」
 知らない男のひとは、やさしく言いました。
 その声は、さっきとちがって、日なたに干したお布団みたいに、やわらかくて、やさしい声でした。

「ちひろちゃんは、さみしい?」
 男のひとはききました。
 わたしが頷くと、男のひとは、そっと手を伸ばしてきます。
 わたしは、男のひとがさわるのを見ながら、不思議になって、きいてみました。
「どうして、そこをさわるの?お父さんと、おなじ」
 わたしがそう言うと、男のひとはびっくりして、手を止めました。
「お父さんと、おなじ?」
「お父さんも、おなじところをさわるの」
 前の校長せんせいも、そうだったと言うと、知らない男のひとは、とても困った顔をしました。
「ちひろちゃんは、たいへんだね」
 そして、窓際に立つとこう言いました。
「そうだ、ちひろちゃん。空を、飛んでみないかい?」
「とびたい!」
 わたしは、勢いよく言いました。

 男のひとは、また、目をふくろうみたいに大きくして、大きな声で笑いました。
「ちひろちゃん!いこう!」
 男のひとは、窓に腰かけると、わたしを手招きしました。
 男のひとは、まっくろい絵の、ぎん色の額ぶちに、すわっているみたいにみえました。
 それは、すてきな気もしたけれど、いやな予感もする、ふしぎなしゅん間でした。

 でも、わたしは、すこし迷ってから、知らない男のひとの手を取ったのです!
 すると、男のひとは、もうひとつの手で、たくさんの風船を持って、ふわりと飛び立ちました!
 あしが、床から、はなれていきます!
「わぁ!すごい!」
 わたしの下には、見たこともない景色が、広がっていました!
 たくさんの光が、水たまりに落ちた雨つぶみたいに、きらきらと、飛びはねているみたいです!
「きれい!」
 わたしがそう言うと、知らない男のひとは満足そうにうなずきました。
「まるで、魔法みたい!」
 光のつぶが、どこまでもどこまでも広がっています。
「あの光は、わたしのおうち?」
「そうかも知れないね」
「じゃあ、あの光は?わたしがいた、学校?」
「もしかしたら、そうだね」
 わたしは、気になる光をひとつひとつ指さして、知らない男のひとにききました。

 そらには、わたしたちだけでした。
「鳥たちは、ねむっているからね」
 男のひとはいいました。
「とりは、どうやって、ねむるの?ふとんは、ある?」
「大丈夫だよ、とりには、あたたかい羽が、あるからね」
 知らない男のひとは、にこにこと笑っていました。
 でも、男のひとの目には、なにもうつっていません。
 男のひとを、かわいそうだとおもったわたしは、やさしくしてあげようと思いました。
「ちひろ、やさしい?」
「あぁ、とても」
 男のひとは、目をとじて、そういいました。
「でも、ちひろちゃんは、かあいそうだね」
 わたしには、そのいみが、わかりませんでした。

 わたしたちは、夜のそらを、とんでいきます。
 男のひとがもっている風せんは、しずかに、どこまでも、わたしたちをはこんでくれました。
 わたしたちは、どんどん高くとんでいきます!
 わたしたちが、そうやって空をとび続けていると、下のほうにみえていた、たくさんの光のつぶは、ひとつの大きな光になっていきました!
 それは、いろいろな色をあつめたみたいに、どんな光よりも、きれいに光りました!

「すごい!おじさんは、まほう使いなの?」
 わたしがそう言ったとたんでした。
 知らない男のひとは、悲しそうな顔をして言いました。
「やはり、おじさんか」
 おじさんがそう言うと、わたしたちの下にあった光は、ぐにゃぐにゃとまがって、やがて、ひとつのボールみたいにまるくなりました。
 やがて、その光がわたしたちをすっかり包みこんでしまいました。
 それは、まるで、お風呂にはいったみたいに、温かくて、気持ちのよいものでした。
 そして、そのひかりは、ばらばらになると、つめたい風が、ふきました。

「ちひろちゃん!」
「はい!」
 名前を呼ばれて目を開けると、小さくて冷たい光を持った知らない男の人たちが私を囲んでいるのが見えました。
 紺色の服と帽子を被った男の人たちの奥に、お父さんとお母さんが見えました。
 名前を呼んだのは、お父さんとお母さんでしょうか?
 二人はとても悲しそうに泣いていました。
 私がぼんやりしていると、紺色のおじさんたちは、私を掴んで立ち上がらせました。
「痛い!」
 そう叫ぶと、紺色のおじさん達は睨みながら「いいから来い」と言って私の腕を引っ張りました。
「いや!行きたくない!」
 掴まれた手を思い切り引っ張ると、紺色の服を着たおじさん達と一緒に、後ろにひっくり返ってしまいました!
 ドサリ!
 私たちは、色とりどりのセーラー服やブレザー、紺色のソックスやローファーが並べられた上に倒れ込んだのです!
 さらに、その下には、大きな可愛らしいお人形がたくさん並んでいました!
 どれも冷たくて、かたいお人形でした。

 私は、紺色の服を着た、さっきより沢山いるおじさん達に引っ張られて、そこから引き剥がされてしまいました。
 ふと見ると、お父さんと、お母さんが、悲しそうにこちらを見ています。
 二人の顔は、泣きすぎて、目も、口も、小さく縮んでしまったみたいでした。
 私を見ている、ふたりの小さくなった目には、なぜか、さっきの知らない男のひとが映っています。
 そして、二人は、こちらに手を伸ばしすと、小さくなった口で、私を呼びました。
「ちひろちゃん!」
「はい!」
 おおきなお人形が、元気よく返事をした気がしましたが、それは、嘘のひかりでした。

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にじむラ
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