Re:【超短編小説】キッスTHE缶狂う
「無理して飲まなくていいのに」
半裸の女が七色デンキウナギのような粘性のあるドロリとした目で笑った。
海外製のやたらアルコール度数が高いビールの缶を傾ける女の微笑みには、下戸であるぼくに対する憐憫と愛想と気遣いが万遍なく散りばめられていて、どうにもむず痒く少し不愉快な気持ちになった。
「別に無理してなんかないよ、まだ大丈夫だから」
国産ビールと大差の無いアルコール度数をした甘いジュースをひとくち舐める。
桃の味をした硬い水の向こう側にアルコールを感じた。
喉の奥に流れて行ったアルコールが熱をもってゆっくりと脳味噌のあたりまで徘徊する。
「そう、ならいいけど」
女は七色デンキウナギのようなドロリとした目を細めて笑う。
女の白く細い指で押し潰されてひしゃげた空き缶が机に並ぶ。
ぼくが持ち上げた最初の缶には、まだ半分以上の液体が残っていた。
味はジュースなのに、頭がぼんやりしているし、目から力が抜けていくのがわかる。
「顔、真っ赤だよ」
相変わらず白い肌の女は、滑舌をすこし崩していた。
「そうだろうな」
ぼくの滑舌も怪しいかも知れない。
缶を持つ腕すら真っ赤になっているのが見える。
「気持ち悪くなったら言ってね」
女の肩にかかっている紐がずり落ちた。
「うん。大丈夫。ビールが合わないだけだから」
ポテトチップスに手を伸ばす。
棘のある塩と油が口腔内を満たす。甘いジュースで流し込む。脳味噌の奥にぼんやりとした熱が広がっていく。
再びポテトチップスに手を伸ばす。塩と油で脳味噌が目覚める事はない。
酔っ払ってセックスできる人種のことが分からない。
何枚かのポテトチップスを噛んだ後で甘いジュースを一気に飲み込んだ。
桃の味といっしょくたになってアルコールの感触が喉を下がっていく。
体温が上昇していくが、逃げ場のない熱が皮膚の内側にたまっていく。
セックスと言うよりは射精に対する渇望。
別に目の前の女じゃなくても構わない。
机の上に並んだビールの空き缶を眺める。
穴がこちらを見ている。
女がまた缶を空ける。
小さな身体の中にいったいどれほどのビールが入っているのだろう。
まだ一度もトイレに行っていないのに。
煙草を取り出して火を点けようとしたけれど、指先のコントロールが効かずに上手く火をつけられない。
ライターを何度か回してようやく煙を吸い込むと、少しだけ脳味噌の奥にある曖昧な感覚が小さくなった気がした。
「酔ってるから言う訳じゃないけどさ」
指先の煙が小さく渦を巻いた。
「結婚してくれないかな」
じわりと熱っぽいものが脳味噌の芯で回っている。
「酔ってない時に言えたら、考えてもいいよ」
そういうと彼女は缶ビールを飲み干して立ち上がるとトイレに立ち上がった。
何本分のビールがあの身体の中にあるのか、机の上に並んだ空き缶を数えた。
甘いジュースを飲み干して空き缶をその横に並べると、煙草の煙はまた丸く渦を描いた。
今夜もセックスはできそうにない。
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