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【短編小説】Myイカ焼きのメロディ

 都心から離れていくと車窓から見えるマンション群の屋上を忍者に走らせるのも難しくなってくる。
 足場を無くしたパルクール忍者は爆発四散して、代わりに巨大なメカ千手観音で破壊の限りを尽くそうとして五秒も保たずに飽きてしまった。


 どこを走るものであれ電車はクソだ。


 電車と言う輸送手段についての不満を挙げればキリが無いが、厭なら自転車だとかバイクで移動するしか無い。
 車なんて言うのはもっての外だ。この人口密集地から出てかなりの遠出をしないなら、何もタイヤが付いた離れの部屋を持つ必要が無い。


 そう思っていたが、例え駐車が多少は困難であろうともパーソナルスペースを確保できる車と言うのは魅力的に思えてきた。
 真中 線之助はウンザリした気持ちで細長い箱から降りるとホームに立ったまま、我先と急いで押し合いぶつかり合いながら階段を上がる乗客たちをしばらく見つめた。


 ようやく乗客の流れが途切れたかと思う頃には次の電車が到着すると言うアナウンスが聞こえる。
 線之助はウンザリしながらも、その人口密集地に住んでいる恩恵から抜け出す気のない自分にも幻滅しつつコンクリートの階段を上がった。


 改札を出た先のオープンデッキ型歩道橋を歩いていると人だかりに出くわした。


 全くどこに行っても人だかりだと絶叫しそうになるのを堪えながら傍を通り過ぎようとした時、輪の中心に複数の制服を着た警察官たちの姿を認めた。
 気になって人頭の隙間から中を覗くと、そこにはフワフワとしたウサギの形をしたキャラクター人形を抱えた女──ご多聞に漏れず手首はイカ焼き──が力なく座り込んでいた。


 通常であれば心身の統合を失敗した女と通報されて仕方なしに現場まで出張った警察官と言うだけだろう。
 異様なのはイカ焼き女が抱えたウサギ人形の口周りが血塗れである事と、泣き喚きながら何かを叫ぶ女が婦警らに宥められていると言う事だ。


「あの人形が私のペロちゃんを食べたのよ!」
 絶叫する女を婦警が嗜める。
 薬でもやっているのかと勘繰りたくなるが、普通に考えれば薬をやっているのは座り込んでいるイカ焼き女だ。
「落ち着いて下さい」
 ウンザリした顔の婦警が言う。


 その時だった。
 そろそろ立ち去ろうかと思った線之助の目に、群衆の輪から抜け出した幼女がイカ焼き女に近づいていく様子が飛び込んだ。
 母親が気づいた時には既にイカ焼き女の傍にしゃがみこみ、ポシェットから出したハンカチでウサギ人形の口元を拭おうとしていた。


「あ……」
 思ったより間抜けな声が出たな。
 線之助がそう思うのと、自分の身体が瞬時には動かないと悟るのは同時だった。
 ウサギ人形は口周りの縫い目を自ら解くと、大きく開けて幼女の頭を齧り取った。


 その後の事は殆ど覚えていない。
 母親の悲しい悲鳴。飼い犬を食われた婦人の絶叫。警察官たちの怒声。群衆の罵声。
 警察官の制止を振り切って食われた幼女に駆け寄った母親も同じ様に頭を食われた。
 自分の犬が食われた事を証明できた女は自分の正気を証明して歓喜の声を上げた。


 スマホを向けた群衆たちは気づいていない。
 ウサギ人形が巨大化していることに。


 接写を撮ろうとした人が何人か食われ、その飛び散った血液の暖かさで我に帰った線之助は背を向けて立ち去る事にした。
 そして線之助は明日からパルクール忍者だとかメカ千手観音で空想遊びをするのはやめて、生きた人喰い人形の想像をして遊ぼうと思った。


 しかしわざわざ電車に乗って何をしにここまで来たのか思い出せないので、いっそウサギ人形に食われた方が面白いかと考えたが、イカ焼き女の顔つきが気に食わないので適当に飯でも食って帰る事にした。



おしまい。

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