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Re: 【短編小説】地獄少女
ぐっしょりと春の雨に濡れたシャツが肌にひっつく。
不愉快だ。
しかしこれからの時間より不愉快ではないだろう、とため息をつく。
重たいものが鳩尾のあたりに固まっている。覚悟を決めてドアを引く。
中には既に先輩が待っていた。
「よっ」
本を閉じてこちらを見た先輩は軽く手を上げた。
「っス」
首だけを動かして挨拶に応じる。
おれはため息を吐く。
なぜなら先輩はブスだからだ。
絶妙なブスだ。
どのくらい絶妙かと言うと、まずは小さ過ぎない頭蓋骨をはじめとする全身の骨格だ。華奢過ぎず強靭過ぎない印象を与える。
それに目だ。小さ過ぎず離れ過ぎず、黒目がちと言えばそうだが取り立てて美しいと言う感じでもない。
唇も厚過ぎず薄過ぎず。鼻も高過ぎず低過ぎず。
つまり減点法でも加点法でも平均値をギリギリ越える感じの、絶妙なブスだった。
「この世はさァ、地獄だよね」
はじまった。先輩の語りだ。
クソのような時間が始まる。帰りたい。だが帰れない。おれは自分を恨むしかできない。
「まぁ、先輩にとってはそうスね」
おれは俯いて続きを促す。
時よ進め。先輩はブスだ。
「なんでアタシかね」
今日は3年五組の加藤と、体育科の大久保だよと先輩がおれに流し目を向ける。おれはそれを床に受け流す。
キン、と金属バットが硬球を弾く音が響く。三月の薄明かりが季節外れの暖かい風と共に部室を舞いちらかす。
先輩がブスでなければ最高のアオハルシチュエーションだ。誰もが羨む制服の思い出だ。
でも先輩はブスだ。
それも最低な超能力を身につけたブスだ。
「また見えたんスか?」
お愛想、ご機嫌伺い。なんだっていい、とにかく早く先輩との時間から解放されたい。
「そうさ。あいつら、わたしで抜きやがったのさ」
慣れたもんだよ、とでも言いたげに先輩は笑うが実際に処女かどうかは分からない。別に分かりたくもない。おれに対してそんな貫禄を見せたところでなんになるのだ。
先輩はわざとらしく大きなため息をついた。
「馬鹿だね、男ってのは。射精をガマンするのに、円周率を唱えたりお母さんのことを考えたりするんだって?」
アンタはどうなんだいとでも聞きたいのだろうが、先輩におれの手淫事情を開チンするつもりはない。
そのつもりは無いが、先輩は知っている。おれが先輩で抜いたことも、その先輩が持っている能力で。
「モテるのも困るもんだ」
やれやれと両手を広げて笑う姿は地底のラフレシアかと思えた。
別におれだって先輩で抜いた訳じゃない。
単に寸止め用にちょうど良かったのだ。促進もしなければ萎えさせもしない。ただそのタイミングを間違えたことが何回かあった。
結果的に先輩で抜いてしまったと言うだけで、別に先輩で抜きたかった訳じゃない。
だがその回数が10を越えたあたりで先輩の方から声をかけられた。
「黙っててやるから、部室についてきな」
最初は何かわからなかった。
飲酒喫煙に校内窃盗と、隠れてやってる小悪事には思い当たることが多かった。仕方なしに先輩の後について行くと、先輩の能力の話をされた。
「アンタがアタシで抜いてるって言い触らされたくなかったら、たまにでいいから呼び出したら付き合いな」
押して、忍ぶ。
それからおれは度々、先輩に呼び出されてはこの部室に顔を出している。
「あの」
それってどう見えているんですか?
先輩はラフレシアの花びらをしまうと、両手で口を覆い隠してグフフと笑った。まるでショクダイオオコンニャクのようだった。
「アンタらの頭の右上にね、出るんだよ。誰でも何回抜いたか」
まるでゲームみたいだろ?そう言うと、先輩は再びラフレシアに戻った。
それを見ているおれは、いまカンナビスが欲しかった。限界が近い。酒じゃあ無理だ。違う世界へ旅立ちたい。
「ふーん、アンタは……これはAV女優だね。それと、保健室の緑川!もうちょい趣味が良いと思ってたよ」
最近じゃアタシは使わないのかい?と笑う先輩をゴルゴ13にやっつけて貰うには幾ら払えば良いのだろうか。
「だけど、いやなもんだね。そう言うのがわかっちまうってのは」
先輩は急にうつむいた。
「アタシだって年頃なのにさ」
窓を背にして俯く先輩の顔面は暗く、初秋に見る枯れた巨大向日葵のようだった。
「まぁ、いいんだけどさ」
キラリと光るものが落ちた。気がする。
「アンタ、アタシを抱いてくれるかい?」
おれは両手を思い切り握りしめて床を睨みつけた。できれば穴が空いて欲しい。おれを落として有耶無耶にして欲しい。
だが穴は開かない。
おれは部室の真ん中で俯いているだけだ。
「そうかい」
キン、と金属バットが硬球を打ち返す音が響いた。
ポン、と間抜けな音がして先輩は飛び散って死んだ。そうやって飛び散る植物をおれは知らなかった。
細かい肉片になった先輩は、射精防止に使うのには適さなくなった。
帰ったら何で抜こう。
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