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Re: 【超超短編小説】Goto

 六限を終えて剣道場に向かう廊下で、中等部の後輩たちが何やら騒いでいた。

 比較的に仲の良い後輩の武田を捕まえて訊いてみれば、何でも松原と言う中等部の剣道部員が防具の前タレにつける名前袋にアイドル激似AV女優のブロマイドを入れていると言う。

 そんな事で何を騒いでいるのだと嗤ったが、武田に真面目な顔で
「先輩はその様な不埒で不謹慎、軟派軟弱な行為を許すのでありますか」と問われてしまった。
 笑って手を振りながら
「構わん、この様な暑さだ。陛下もお許しになるだろう」
 と答えたが武田は不服そうであった。

 この暑さの中で自己批判だの総括だのとやっていられるか。
 それよりも気になることを武田に訊く。
「そのアイドル激似の女優は、何と言う名前だ」
「はい、そのものの名前は後藤まみと言うのであります」
 武田は真剣に、だがAV女優の名前を口にした。
 そのAV女優の名前は聞いた事があるし、似ていると言うアイドルも何度かテレビで見かけた事がある。

 呼び出された松原は異様なまでに緊張していた。
 松原の目を汗がかすめて流れる。
「松原、お前はそのアイドルが好きなのか?それとも後藤まみが好きなのか」
 俺は学ランのボタンを外して汗でよれ始めたTシャツの首を仰いだ。高等部にのみ許された風が首筋を昇る。
「はい、私は後藤まみが好きなのであります」
 松原は背筋を伸ばして大声で答えた。


 松原の股間に後藤まみが生えているのが見えた。
 馬鹿馬鹿しい。
 しかし話を聞いたからには呼び出しでもないと示しがつかないらしい。
 煙草に火をつけると、松原が小さな声で言った。
「先輩、煙草はまずいであります」
「うめぇから吸ってんだよ」
「失礼しました、煙草は美味しいであります」
 後輩とは不自由なものだ。

 笑いながら松原を見る。
「なんでてめぇが煙草の味を知ってんだ」
「親父の煙草をくすねた事があるからであります」
「アルカラってか、おいしーかもーって?」
「不勉強で申し訳ありません、自分にはわかりません」
「そうだろうな」
 ふー、と吐いた煙が松原を取り巻く。
 松原から生えた後藤まみが厭な顔をしていた。


 真夏の空を旋回する巨大な鉄の鳥が低い声で哭いている。
「行ってよし」
 松原は一礼して背を向けた。
「スラックス洗えよ」
 それが聞こえていかたかは知らない。

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にじむラ
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