Re: 【短編小説】サウナ割引NNランド共闘
梅雨明けの蒸し暑い日だった。
駅前ロータリーでアルファードに相乗りした男たちは、全員が乾燥した色合いの肌で、むっつりと押し黙って手元のお茶を見たり、スモーク窓の向こうを見ようとして窓に反射した自分と見つめ合ったりしている。
車内は芳香剤と運転手のコロン、それに相乗りした男たちの洗ってない犬に似た体臭と柔軟剤の香りが支配していた。
誰も嘔吐しないのが不思議な空間で、それぞれがそれぞれの思いを弄んでいる。
おれはルームミラーの下で揺れ動くお守りを黙って見ていた。
アルファードが張りぼての王宮に到着すると、慇懃なボーイが粘質の笑みを浮かべてスライドドアを開いた。
男たちが乗り込んだ順とは逆にアルファードから降りる。
おれは一番最後だった。
豪華な印象のドアを潜っていくと、番頭のババアが馴れた手つきでマムシドリンクの蓋を開けておれたちに手渡した。
おれたちは腰に手を当てて一気にマムシドリンクを飲み込む。
その後に慇懃なボーイに案内された待合室の足元は透けたガラスになっていて、その中でカラフルな魚たちが優雅に泳いでいるのが見えた。
天井のシャンデリアもひとつひとつが違う電球を嵌め込まれているのか、部屋中が厭味なスパンコールを撒かれたみたいに光っている。
南国のリゾートホテルにあるダンスホールだってここまで厭な光り方をしたりしないだろう。
おれたちは思い思いに煙草を吸ったりドリンクを飲んだり雑誌を読んで寛いだ。
「第三ロットのお客さま方、大変長らくお待たせ致しました」
慇懃なボーイが猫撫で声でおれたちを呼ぶ。
通された脱衣所で服を脱ぎ、下着姿の嬢が抱えているカゴに入れていく。
そして隣にある浴室へと入っていった。
関東型の浴室だった。
おれたちは浴槽の手前に並んだ蛇口に整列して身体を洗い、ようやく誰かが放っていた犬の様な匂いが薄れていくのを感じる。
頭を洗い、耳の裏を洗い、脇を洗い、足の指も洗い、その指の間も洗い、陰茎を洗い、歯を磨き、髭を剃り、爪を切り、鼻毛を抜き、そして浴槽に浸かった。
毛穴が開いて細かい汚れまで出ていく。
全員の額から汗が止まらなくなった頃合いを見て、慇懃なボーイが再びおれたちを呼んだ。
「次は例のお時間で御座います」
ハッスルハッスルと身振りを加えているが、その目は異様に輝いていた。
今から始まる事に対して、興味と侮蔑が混じっているのだろう。
おれたちは黙って浴槽から出た。
そして冷水で軽く汗を流すと、サウナに向かった。
サウナは狭かった。
おれたちはマムシドリンクの影響で怒張し始めた陰茎を抑えながらサウナに入る。
満員電車のようにすし詰めになってサウナ室に収まる。
中には温度計も十分時計も無い。
冷水で流した汗が再び噴き出す。
毛穴と言う毛穴が開き汗が噴き出した男たちが並ぶサウナは、暗黒ナメクジの性交か油まみれの蛇が行う性交に似ていた。
馬鹿げた話だ。
サウナを耐えきって最後に出た人間は割引がされるサービス。
だが人気があった。
実際におれこうしてここにいる。
こうしてサウナの中にいる。
金を払わないとセックスもできない男たちが少しでも安く女を抱きたいと、こうしてサウナ割サービスに飛びついている。
そしてこの狭いサウナの中ですし詰めになっている。
ぬるぬるとした肌を男たちと合わせながら。
汚いナメクジ、または油まみれの蛇たちが一人ずつサウナ室を出ていく。
残ったおれたちは出て行った男たちを分厚いガラス越しに見ていた。
サウナを出た男は一番綺麗な嬢を指名して奥へと消えた。
あの男たちは通常価格で女を買う。
サウナの熱さだけではなく、抱えた性欲にも耐えきれなくなった男たちがサウナ室を出ていく。
下着姿の嬢たちが労う。
そして次々と綺麗な順番に女を指名して消えていく。
残されたおれたちは吹き出る汗もそのままに暗いサウナ室で立ち尽くす。
何のためにここにいるのか。
次第にセックスの概念が遠ざかる。
もはやサウナで割引などはどうでも良かった。
ただ負けたくないと言う思いで残っている。
セックスをしたい。
女を抱きたい。
だがそれ以上にここにいる男たちより根性があると見せたい。
それだけで残っている。サウナ室に。
陰茎が唸り声を上げて立ち上がり部屋の温度を10度は上げる。
乱立した怒張の中をかき分けて次の敗者が出ていく。
「恥ずかしながら出てまいりました」
負けた男の叫び声。
それを聞いたおれたちは嗤う。
怒張がサウナ室の壁を叩く。
嬢たちが嬌声を上げる。
怒張がサウナ室を埋め尽くす。
もう出られない。
おれたちは満足している。自分たちが耐えている事に。自分たちが残っている事に。
「もうこのまま出て帰ってもいいか」
誰かが呟いた。
「馬鹿野郎、まだ耐えられるだろ」
他の誰かが励ます。
そうやっておれたちはサウナ室に残っていた。
嬢はどうでもよかった。
安く抱ける、それがなんだって言うのだ。
美しい順に消えていくなら残った女が安い、当たり前の話だ。
おれたちは所詮、金を払って女を抱く階級の男たちだから仕方ない。
だがそれでいい。
おれたちはそうやって生きていくのだ。
電車で女が隣に座れば席を立ち、レジで女がいたら買い物をやめる。
そうやって生きるのだ。
信じられるのは金で買ったショートタイムだけだ。
女はクソだ。
世界はクソだ。
ここにいる男だけが信用できる。
もう出口がどこかもわからない。
おれたちは流れる汗をそのままに笑うしかなかった。
サウナにまだ七人は残っている。