【超短編小説】修学旅行の朝
朝メシのトーストを食べ終わり、マグカップの牛乳を飲み干したあたりで廊下にある電話が鳴った。
こんな朝早くに誰だろうか。
学校の連絡網にしては何とも微妙だ。既に家を出た生徒も少なくない。
廊下の電話に向かった母親を尻目に、俺は皿とマグカップをシンクに置いてから冷蔵庫を覗いてチーズかハムでもちょろまかそうとしていた。
「ちょっと、サイトーくんから電話よ」
母親が受話器を抑えて俺を呼んだ。
サイトーは連絡網の順番として俺に関係していないから、学校行事──今日から始まる修学旅行──に関することでは無い。
俺は厭な予感を覚えがら受話器を受け取った。
「もしもし?どうしよう、親にプレステ持って行くのバレちゃったよ」
サイトーは情けない声でそう言った。
それは修学旅行の班が決まった段階で持ち上がった計画だった。
じゃんけんで何を持つか決めた時に、負け続けたサイトーが本体を担当する事になったのだ。
対して勝ち抜けた俺は電源ケーブルと3色ケーブルの担当であり、ミヤサカはコントローラ、イノウエはソフトの担当だった。
「ばかやろう、今さら何を言ってやがるんだ」
俺は怒鳴りそうになるのを堪えてそう絞り出した。
「ごめんよ、でもバレちゃって、どうしよう」
どうしよう、では無い。
もう修学旅行は今日から始まるのだ。今からミヤサカとイノウエに相談する余裕は無い。
俺は舌打ちをして
「どうしようもねぇだろう、俺が持つわ」
と言って返事を書く前に受話器を置いた。
ミヤサカとイノウエに電話をしたのか、その確認さえ無駄に思われた。
相撲も花札も麻雀も酒も煙草もやらない、俺たちがやるのはテレビゲームくらいなのだからそのラインは死守するべきだ。
その為に確認だの、パスの出し合いだのをしている場合じゃないだろう。
俺はウンザリしながら荷物を開いて、詰め込んだ衣類の中ほどにゲーム機を押し込んだ。
校庭に停められたバスに乗り込むと、先に座っていたサイトーが媚びる様な笑顔で
「ごめんよ」
と手を合わせた。
俺はサイトーの手際の悪さだとか、まず俺に電話をした事だとか、まず何から説教をくれてやろうかと考えていると、サイトーはその媚びた様な笑顔のまま
「実はあの後、隙をついてプレステ持ち出せたんだ」
と言った。
修学旅行の間中、俺はサイトーのおごりでコーラを飲み続けた。
コーラは夜の様な色で、いつもより甘く美味しい味がした。