【超超短編小説】隣家の柿はよく客喰う柿だ
把士 悶太郎真っ青な冬の空に向かって伸びた枝から、夕陽の様な色をしたひとつの柿をもいだ。
空から外された柿は相対色を失った瞬間に魅力の殆どを失ってしまったので、すぐそばで悶太郎を見ていた少年に
「いるか?」
と訊いたが、少年はぷいとそっぽを向いて走っていってしまった。
最近のガキは柿の盗み食いもしないのか、と思ったが自分だってやった事は無い。
農家が育てた訳でもない柿なんて別に美味しくなかろう。
それに青い空から外された柿は手の中に収まるとひどく見窄らしい色になってしまい、悶太郎は枝からもいだ事を後悔した。
後悔したところで再び枝に戻す事は出来ない。だが柿の木を植えている家の呼び鈴を鳴らして
「すみません、間違えて柿をもいでしまいました」
などと言う訳にもいかない。
悶太郎は、自分を無視して走っていった少年を見た。細い手足が半袖と短パンの下から伸びている。
たしかに自分も一年中あのような格好だった。寒さを感じる器官が未発達なのかも知れない。
寒かったことに風呂に入って初めて気がつく。
悶太郎は自分の手足が霜焼けになった錯覚を起こして身震いすると、持て余した柿を半袖短パンの少年が走っていった方向に投げた。
その刹那、悶太郎が投げた柿はバッカルコーンを開いた。
柿のバッカルコーンは虚空を掴んで地面に転がると、音もなく元の形になった。
あと少し投げるのが遅れていたら、悶太郎の手が喰われていたかも知れない。
半袖短パンの少年が受け取っていたら彼が喰われていたかも知れない。
悶太郎は小さなため息を漏らすと、転がった柿を踏みに出た車道で前方不注意の大型トラックにはねられて死んだ。
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