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まこもと水鳥たちの物語ー「マコモ菌」の発見ー第2話「白鳥を助けた沼の霊草」

「白鳥を助けた沼の霊草」
それからしばらく月日が流れ、ひろしに大発見の日がやってきます。
それは、ひろしが小学校に入学してすぐの、まだ肌寒い4月のことでした。

ひろしは、朝早くに一人で「まずん」に出かけました。
「まずん」は、一面モヤがかかり、まだ薄暗く、静かで幻想的でした。
冷たい空気を頰に感じながら、ひろしはモヤの中で、
ガサゴソと草を引っ掻くような音を聞きました。

不思議に思い、音の方向に近づいて、よく目を凝らしてみましたら、
モヤの中から一羽の鳥の姿が、うっすらと浮かびあがってきました。
どうやら、白鳥のようでした。

白鳥は、首をもたげては一心不乱に何やらやっています。
いったい、何をしているのでしょう。
ひろしはたいそう気になって、いっそう近づいていきましたが、
ドキッとして、身を引きました。

白鳥は、羽のつけ根を猟銃に打たれており、
白い羽に赤黒い傷痕が生々しく開いているのが見えました。
それは、相当に深い傷でした。

ひろしは、胸のあたりがキュッと縮まる感じがして、口の中が苦くなりました。
「この美しい子もまた、あの時の雁と同じように飛べなくなって、
ここまで辿りついたのか」―そう思うと、悲しくなりました。

白鳥の様子を心配して見ていたひろしでしたが、
この白鳥は、傷は深いわりに死にそうなほど弱っているようにも見えないのでした。
それに先ほどからずっと休まず、一生懸命に何かをカツカツ、くちゃくちゃっと、
ついばんでいるのでした。

不思議に思ったひろしは、もう一歩、白鳥に近づくことにしました。
白鳥は岸辺近くにいたので、より間近で観察することができました。

カツカツ、くちゃくちゃっと、ついばんでいるのは、
どうやら岸辺の背丈の高い草のようなものだとわかりました。
くちばしで、その草を喰いちぎっては口にいれます。
それを、くちゃくちゃと噛み砕くようにして、飲み込んでいます。

しかし次の瞬間、ひろしは驚きました。

なんと、その飲み込んだ草を、
口の中にもう一度戻したかと思うと、
羽の付け根の傷口に、せっせと詰め込んでいたのです。

ひろしは、この白鳥の様子に大変興味をそそられ、もう目が離せなくなりました。
そしてその夜は、とうとう岸辺で一夜を明かしてしまったのです。

そのように、岸辺で鳥を見守っているうちに数日が過ぎていきました。

白鳥は、数日経ってもまだ同じ動作を繰り返しています。
草をくちばしでバサバサとちぎり、それをくちゃくちゃと噛み砕くようにする。
その草を飲み込んだかと思うと、
しばらくして、食べたものを吐き戻して、口に貯め置いておく。
そして、くちゃくちゃしながら、口に貯めた草を少しずつ傷口に詰め込む。
そんな光景を、ひろしは、一生懸命に観察しています。

と、その時です。

「パシャン、バサッ、バダバタバタ」と、大きな音が、静かな沼に響き渡りました。
白鳥が、羽をバタつかせたのです。

ひろしは、その瞬間、またも天敵がやってきたのかと身構えました。
すべてを見逃さないように、
白鳥の動きをしっかり目で追いながら、同時に意識を沼地全体に広げました。

ひろしは、バサッという羽音は聞こえたものの、
さわさわと頬にあたる風以外に動くものはなく、すべての出来事が遠くで、
そして時が止まったかのようにゆっくりゆっくり動くのを感じていました。

直後、ひろしの目前に、白い大きな翼が降ってきたかと思うと音が消え、
自分もそのやわらかい羽とともに、ふわっと舞い上がったのでした。
―いえ、正確にいうと、そのように感じたのでした。
まるで、白鳥に乗っかって空から沼地を見下ろしているような、
そんな、奇妙だけれど気分のよい感じがしたのです。

白鳥は白い羽をバタつかせたかと思うと、
突然大きく翼を広げて、すーっと天高く舞い上がっていったのです。

なんてことでしょう。
白鳥は、見事に飛び立ったのです。
今も天高く舞っています。

ひろしは目の前の出来事が、まだ信じられませんでした。
しかし、これは本当のことです。
一部始終、すべてを確かに、ひろしは見ていました。
もう二度と飛べないと思っていた白鳥が、たった数日で優雅に飛び立っていったのです。

「ああ、あの傷を負った雁も、『まずん』で傷を癒して、この白鳥のように飛び立ったのだ」
そう思うと、ひろしの心は踊り出し、全身が熱くなるのでした。

「わー、わー、飛んだぞ、飛んだ、どこまでも、高く、飛んだ飛んだー」と、
ひろしは叫んびながら、くるくると回りだしました。

くるくると回り終えたひろしは、足元に猟銃の弾が落ちているのに気づきました。
それは傷が癒えた際に、白鳥の傷跡から押し出されてきた弾でした。

その弾を拾いながら、ひろしは白鳥がついばんでいた、
背丈よりも高い草を触ってみました。
それは、決してめずらしいものではなく、草というよりは田んぼの稲のようなものでした。昔から「まずん」一面に広がっている、見慣れた植物でした。

そうです。この植物が「真菰(まこも)」だったのです。
日本の最も古い神話に登場する傷を癒す霊草、「真菰」です。
真菰は人類が誕生するずっと前、
6千万~1億年前から今と変わらない姿で、生息しています。
どんな環境の変化にも耐え抜いて、姿形の変わらない植物は他にありません。
ですから、とても強い植物です。

その真菰が、このあたりの「まずん」にたくさん自生していたのです。
そしてこれが、ひろしが真菰に魅了された最初の日の出来事となりました。

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