見出し画像

多可町はヒマラヤだった!

あのね、仕組まれているのを感じだんだ。多可町での素敵な人々との数珠つなぎの出会い。その奥に、ヒマラヤ、インド、アーユルヴェーダがいっぱいだった。なんだか泣けてきたのだよ。

家から車で1時間半、峠道がくだり始めると、視野が開けて、遠くの眼下に、山々の間から霧に包まれた、古民家が立ち並ぶ、小さな里が見えて来た。龍のような雲に包まれて幻想的だった。それが多可町だ。

画像1

どんどん谷に降りて行くと、ピンっと空気が張ったように感じ。むむ?何かにじーっと見られているような、意識の意図を感じる。

ここへは、医師の能見先生のガイドで、車に乗せて頂いて連れて来てもらった。先生はどんどん、里に向かって車を走らせて、慣れている感じ。私は、初めての土地だから、少し張り詰めた空気を感じて、緊張していた。さて、山々に受け入れてもらえるのか。

ふわっと里に降り立った。そんな感じを受けた。私が降り立ったと思った途端、周りの景色がどーんと、目の前に鮮明に入ってきた。三角、三角、またまた三角の山が、あっちにも、こっちにも、わーわー、と大興奮して楽しんでいると、能見先生が、「あれが、千ヶ峰よ!」と教えてくれた。

画像2

画像3

ドーン、クラクラ来た。でも、でも、もう、三角で大騒ぎしているうちに、多可町に受け入れられた感じを、体の隅々まで受け取っていたので、イエーイ、千ヶ峰さん、こんにちわ、よろしくねって感じになってました。厳かな空気がボワーっと入ってきてはいたが、気後れすることはなかった。

画像4

画像5

画像6

それでも、さすが、千ヶ峰さん。空気が変わって、とっても清々しく、気持ちよくなった。これはこれは、と感じていると、すぐそこが、お宿だと教えてくれた。

こんな素敵な空気感のところに、お宿があるのかー、そりゃワクワクするよ。

私は、いつも空気感にこんなに敏感と言うわけではない。しかし、なぜか、理由はわからないが、時々、私は、こう言う風に、かなり敏感になり、なんでも見えてしまいそうな、繊細な空気感や匂いや濃度を感じるスイッチが入ることがある。

自分ではわからないので、とても受け身なのだけど、多可町に来た時から、そのスイッチが入っている。景色が濃度で見えてくる。意味不明ですが、そうとしか言いようがない。急に知能が上がったような、感覚が鮮明になったような、ベールが取れたような、自分ではない感じに、ふわっふわっとになる。

私の家は東経135度北緯45度の子午線塔が、目の前にあるが、その135度の上を南にくだって行くと、多可町にたどり着く。

ここ、多可町も東経135度上なのだ。しかも、ここから出雲大社までと、ここから富士山までは同じ距離となり、とても重要な三角形の位置に多可町はあるそうだ。隠されている場所が、こんなところにも。

世界的にも大切な場所。日本にとってとても重要な場所。でも小さな小さな里山の町で、千ヶ峰という霊山があるところ。

ああ、多可町への旅は、細かいヒダまで、私の好物ばかり並べられ、
個人的なメッセージが含まれた、神様からのプレゼントが多くて、その偶然?神さま太っ腹過ぎない?

この場所に導かれて、沢山の勇者の方々が、多可町にあれよあれよと住みつかれて、気がついたら、皆さまそれぞれに古民家を改装されて、素敵に暮らしてらっしゃいます。

私にとって、個人的ですが、多可町はヒマラヤって感じなんです。この感覚は、私にしかわからないサインなのかもですが、ヒマラヤに来たような高揚感がありました。

画像20

画像9


画像21


画像22

今回は、医師の能見先生のガイドで、古民家ゲストハウス指月庵さんにお泊まりしました。本当に素敵な場所だったのですが、オーナーご夫妻のお二人が素敵すぎて、心の底からジーンときてしまって、優しすぎました。

スペインに長い間住まれていたご夫妻で、ご主人のセップさんは、ベルギーの方ですが、日本人より日本人的です。茶道、弓道、合気道と、どれもプロ級素晴らしいのです。そして、奥様の要子さんは芸術家で、お料理がとっても上手で、おいしいのなんのって、最高です。

なぜか、多可町に導かれて来てしまったとのことでした。築200年以上の古民家を、素敵に改装して住まわれています。この辺りの古民家は、どの家も家の中に祠があったり、岩倉があったりします。素晴らしいお宅です。

歌手のAIKAさんも、多可町に導かれて昨年から住まわれていますが、AIKAさん宅も、素敵な祠があったり、お庭から水晶がたくさん出て来たりで、びっくりします。

お宿に着くなり、奥様の要子さんが、まだ、座る前の立ち話で、インドに住んでいたことがあるとおっしゃいました。そこは、私もよく旅で訪ねた、あるコミューンの場所だったのです。ですから、長い長い立ち話で盛り上がってしまい、インド話に花が咲きました。

やっと、座ってお茶を頂くころには、UFOの話や、不思議体験のお話に花が咲、みんなで盛り上がっりっぱなしでした。何十年来の友人にあったかのようです。

この感覚、なんか、懐かしいです、、インドをバックパッカーで回ってた時の感覚です。

そして、そこは私にとってもヒマラヤでした。

ヒマラヤをバックパッカーで、旅していて、そこで味わった空気感、人々との交流、空気の吸い方、デッキからの眺め、山々をみながら、お茶を飲む至福、家族のように迎えてくれる、ゲストハウスのオーナー夫妻。

画像7


人生で一番楽しかった旅の1ページの、私のお気に入りを、細かく、いちいち、再現し、私のハートを掴みにくる。

やはり、お二人とも、ヨーロッパ、インドと海外に長くお住まいですので、感覚が、外国って感じで、おもてなしも手厚くて、おしゃべりを楽しんで、旅の感覚になりました。

そして、夕食は、なんと南インド料理です。AIKAさんとお嬢さんの河愛ちゃんも来てくださって、みんなで、心ゆくまで話続けました。

画像11

画像12

画像13

画像22

私が話にあきると、セップさんが、弓道の道具を持って来て、いろいろ教えてくださったり、インドの武術を私がお見せしたり、なんだかんだ好き放題遊んでいます。

話も佳境に入ってくると、AIKAさんも、インドに通ってらして、同じアシュラムとかにもいたんだよねー。そして、気功の中先生も、同じアシュラムにいたようで、AIKAさんが中先生に電話してくれて、いつの間にか、初対面の中先生とも、インドのスピリチュアルなお話で、大変盛り上がってしまいました。

そうこうしていると、能見先生が新しい手法で、バンバン気功やエネルギーを流してくれて、私たち、キャッッキャ言って、あっちの痛いのが取れた、こっちの具合がよくなったって、大はしゃぎで、遊びまくってました。

そのうち、AIKAさんと、なんだが本題のような、このために私は多可町に来たのかな、っていうような話になり、二人は興奮しすぎて、会話になっていない会話で、目で、心で、単語で話はじめて、笑、お嬢さんが「ママ、そんな主語、術語がない話すると、わからないでしょう」「ううん、るみちゃんはわかってるから、大丈夫、私たちわかりあってるの」

って、な感じで、笑!

どんどん不思議な会話で、私も、自分が喋っていないような感覚で、いつものようにスイッチが入ってしまい、私のしらない言葉が口からすらすら出て来て、後で脳が認識する感じ。

それを、能見先生がしっかりバックアップしてくれて、意味は不明でしたが、エネルギーは分かり合えました。

こんな感じで、AIKAさんと会話が成立してしまい、周りの人もなんだか、分かり合えてしまって。

問題児は、私とAIKAさん。笑、きっと同じ星から来たんだ。笑。

そんなこんなでしたが、

次の日、セップさんが、アーユルヴェーダの映画を持ってるとのことで、スペイン語でしたが、それを見せてくれました。

私は、その映画を見る前から、涙が溢れて溢れて止まりませんでした。

始まっても、映画の1シーン、1シーンが、インドのアーユルヴェーダの治療風景で、もう内容がどうのを超えて、ハートにビシビシ響く。

アーユルヴェーダの真髄というか、なぜ、アーユルヴェーダがこんなに好きなのか、その原点とも言うべき場面ばかりで、後から後から涙が溢れるのです。

だから、もう泣きすぎて、見れなかった。笑。多可町なのに、インド満載。

そしたら、アーユルヴェーダで、ガン泣きしている私を見ていたセップさんが、お別れ際に、なんと、その映画を私にくださったのです。

これも泣きますよね。優しいですよね。そして、要子さんは、おいしいインドのスイーツ、ラドゥーを包んでくれました。これも泣く!笑。

画像14

至れり尽せりです。ここの子供になりたーい。長期滞在したい場所。

お部屋がとても素敵で、朝起きて、窓から光が指して、山々が美しく見えます。そして、デッキから、ヒマラヤみたく、バーンって、山々が見渡せます。そのデッキでお茶を飲みながら、朝を過ごし、しばらくすると、手作りのパンを焼いてくれて、おいし朝食をご馳走になります。

画像15

要子さんが本当にお料理上手、愛情たっぷり。

画像19

朝食にチャイも出てきて、手作りパンで豪華な朝食最高でした。


画像21

茶室もあるんですよね。

画像20

画像19

朝日で起こされる清々しい朝!

画像8

日本語たっしゃで、日本人のようなセップさんと!

次の日は岩倉にAIKAさんたちと行きました。そのお話はまた、次回






いいなと思ったら応援しよう!