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三島由紀夫はこの世界に絶望し、人間一般を軽蔑し、呪っていた。『美しい星』

この作品は1962年に書かれたもので、地球を滅亡から救おうとする宇宙人一家の話です。家族がある夏、空飛ぶ円盤と交感し、自分たちがそれぞれ別の星から飛来した宇宙人であることを知ったときから物語は動きはじめます。父は火星人、母は木星人、息子は水星人、娘は金星人です。父はこの地球で宇宙同朋会を結成し、なんとかして地球を破滅から救うための平和運動を展開する。ところがそこである男は疑惑を持つ、実はかれらはほんとうは地球を破滅させるためにやって来た宇宙人なのではないか。さぁ、ここからこの物語は破滅に向かって動き出してゆきます。



しかし、こんなふうにストーリーを紹介したところでおもしろくもなんともありませんね。なんと言っても読みどころは、かれら宇宙人一家は地球を救うために現れたにもかかわらず、しかし、かれらの心に湧き上がる地球人たちへの深い軽蔑と呪詛である。時代背景としてソヴィエト連邦が行った核実験であり、もしもアメリカが対抗上同じことをやるならば、地球滅亡の危機であるという認識があります。



父は吐き捨てるようにつぶやく、「冷戦と世界不安、まやかしの平和主義、すばらしい速度で愚昧と偸安とうあんへの坂道を辷り落ちてゆく人びと、偽物の経済的繁栄、狂おしい享楽慾、世界政治の指導者たちの女のような虚栄心・・・」そんな呪われた地球にあって、かれはデパートに慰安を見る、「ここへいれば安全だ、ここにいさえすれば。(・・・)人間の狂気はしばらくのあいだでもいやされる。デパートはそのための病院のようなものだ。」ところがそんな妥協も長くは続かない。父は俗世間の忌まわしい俗物性に目を向けるやいなや、デパートのなかにいる「人たちが、着ているものはみな吹き飛ばされ、赤裸で地に伏して、呻き苦しんでいる姿をおもい描くのだった。」「体の皮膚は半ば剥がれ、かきむしる髪はその手に残り、目は焼けただれ、立ち上がる気力も失くして、折り重なってときどき頭をもたげては、ききとれぬような声で助けを呼んでいた。」



な、な、なんで宇宙人家族の父はそこまで深く徹底的に地球人を軽蔑し呪うのか? それはもちろん三島由紀夫の絶望を反映しているからですよ。しかも、前述の引用箇所はほんの序の口に過ぎません。この小説『美しい星』はほぼ全篇、このような地球人への呪詛の言葉ではち切れそうです。三島の主要作品をひととおり読み終わった読者には、ぜひこの作品を読み逃さないでいただきたい。必ずや、あなたは三島の絶望と俗世間への呪詛の激しさに怖れおののき、のけぞるでしょう。










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