制御という考え方
1.概要
工業製品を考えると、色々なところに制御機能が働いています。さらに、人間行動を理解するときにも、制御の観点をもてば、理解しやすくなります。読者には、制御を通じて、技術と人間行動の見通しを、よくして欲しいと思います。
2.制御の階層
制御には色々な形があります、人間の行動と対比することを考えて、以下の通り分類しました。
自動制御は、ワットが蒸気機関を作ったとき、ガバナ調速機で一定の回転数を得るようにしたことから始まりました。産業革命は、蒸気機関とその制御から始まりました。なお、保護機能は、蒸気が高圧になりすぎた時、ガス抜きをしたり、電気のヒューズを融かすようにしたりなど、機械化が進むに従って普及しています。
3.保護の段階
保護は、設備や関連する人間を守るために、緊急時に動作し、一般的には機械を停止する機能です。電気の例で言えば、ヒューズやNFBなどが代表的なモノです。人間で例えれば、本能的に身を守る動作です。保護には、協調とバックアップと言う思想があります。
これは、保護するために機械を停止するならば、できる限り小さな範囲でとどめます。例えば、ある機械が電気的にショートしたならば、その機械に入っているヒューズなどが動作して、その機械だけが止まるようにします。つまり局部の故障で、大きな被害を引き起こさないようにするのは一つの原則です。
ただし、大きな事故になってはいけないので、何段階もの保護をかけて、安全を考えます。機械自体でのヒューズなどが、何らかの事情で動かなかったときは、その機械に電気を送っている配電盤のNFBが作動して、少し停電範囲が広がるが、電気を遮断します。これを、バックアップ機能と言います。このように最悪の事態が起こらないように、バックアップを考えるのが保護の定跡です。このため、本来の機械内での局部的検出と、配電盤での異常検出に優先度の配分が必要です。つまり局部的な検出の方が、敏感に対応して、素早く動かないといけません。このような感度と動作時間を考えることを、保護協調と言います。協調は、システム的な検討の基本的な事項です。
なお、保護の考えと関連して、フェイルセーフと言う発想があります。例えば、電気の場合には、電気を流しっぱなしにして、感電や漏電火災など大事故を引き起こすより、小さな停電の方がましと考えて、故障するなら電気が流れない方の故障とします。これをフェイルセーフの設計と言います。余談ですが、フェイルセーフ設計の考えは、鉄道の信号機の設計に始まります。昔の腕木式信号機は、電気が切れると腕木が降りて、停止信号になりました。このように、電気や信号線が切れた時、動作を止めるなどもフェイルセーフの設計です。
4.定値追従制御
従来、フィードバックを用いたPID制御が、自動制御の代表でした。
この制御形態は、人間が操作する場合と同様に、今の値が設定目標値より「大きい/小さい」に応じて、「減らす/増やす」の操作を行います。但し、このような操作で、特定の値にピタリと当てはめるには、人間の場合でもそれなりの習練が必要です。「スキルベースの行動」と言うのは、このような作業です。これを自動化するためには、現在の誤差に比例するP成分、今までの誤差の蓄積(積分)に対応するI成分、今後の誤差の予測(微分)に対応するD成分を上手に配合するPID制御を使うのが一つの手法です。
歴史的には、ワットの蒸気機関でも回転数を用いた遠心調速器でバルブを開閉し、フィードバック制御を実現していました。しかしワットの時代では、設定値で収まらず波打つハンチング現象が発生しています。この解決は、19世紀半ばにマックスウェルが調速器に関するモデル化を行うまで待つ必要がありました。
実現方式の歴史で見れば、フィードバックと言う言葉は、実は通信のための増幅器の性能安定のために20世紀頭にベル研究所の研究で生まれたものです。制御と通信、電子回路の関係は、この時から密接でしたが、回路的な難しい議論を、制御工学とする誤解が生まれる原因ともなりました。
一般にフィードバックをとる、つまり、何かを行った後に必ず確認する、と言う発想は、このような設定値に合わせる制御だけでなく、入り切りだけのON/OFF制御でも必要です。また、人間の活動におけるPDCAサイクルでも、確認動作が大切な役割を果たしています。このように、常に行ったことの確認をこまめに行う、これは技術的な設計時だけでなく、広く一般的な生活習慣でも大切なことです。
5.シーケンス制御
自動制御でもう一つ大切なものは、あらかじめ決められた手順通りに行う、シーケンス制御です。シーケンス制御では、決められたとおりに動かなかったときの対応も重要です。そのため、できる限り一つの動作を行ったら、それが無事できたか確認し、次の動作に移ると言う風に、フィードバックをとるとともに、異常時には速やかに対応ができるようにします。この確認のループを、交差させるとトラブルのもとになります。
シーケンス制御と関連して、重要な概念にインターロックがあります。例えば、ポンプを運転するときに、取水口や排出口の弁を、開いていないといけません。一方、ポンプが停止する時には、きちんと閉まっていないといけないのです。このように条件を満たしていないと動かないように、インターロックをかけることも大切な仕事です。
この手順に従う動作は、人間で言えば、マニュアルの指示に従う「ルールベースの行動」です。
6.最適化を求める制御
現在の自動車のエンジンでは、燃焼条件などを電子回路で制御しています。この場合は、高速な反応が必要なので、従来のPID制御では対応できない場合もあります。そのため、制御系のモデルをコンピュータ上で作成し、モデル上のシミュレーションによる予測による、フィードファワードを行う手法等が使われています。
なお、制御に使うモデルの検証には、通常「モデルの精度を上げても、同じ結果が出ることを確認する」などの手段を使っています。このようなモデルの評価を、『同定』作業と言います。
7.制御を通じて技術の議論
7-1 ハイテク飛行機の設計思想
1990年代のハイテク飛行機には、ボーイング社とエアバス社の2社の対象的な設計方針がありました。
ボーイング社は、最後は人間の判断を優先し、手動操縦は自動操縦に優先する設計です。一方、エアバス社は、飛行機の安定のような、素早い動作は機械が最後まで優先する設計としました。これは、人間の反射神経より、機械の動作の方が早いと言う思想です。確かに予め設計した範囲なら、機械の動作の方が早くて確実です。しかし、設計者の想定外に対応するなら、人間優位にしないといけません。
技術者にとり、どちらを優先させるかは、常に付きまとう悩ましい問題です。
7-2 技術の本質
技術者の宿命として、矛盾するニーズや、潜在的な欲求も含めて、トレードオフを考える必要があります。
技術者の使命として、製品としてきちんと物ができるようにします。このため、説明がきちんとでき、再現性が保証されているものを作らないといけません。芸術品の様に、毎回異なる不安定なものは、技術者としては許されません。
このため、理論知識を活用し、規則性をしっかり見出します。また、自然の多様化に対して、近似的に対応するので、ある種の丈夫さも必要です。またその近似が間違った時の修正能力も必要となります。
また、定常負荷とピーク負荷、正常動作と異常動作の両面で考えることも重要です。定常的な動作をこなすだけの能力では、異常時やピーク負荷には対応できないことがあるのです。一方、ピーク負荷ばかり考えると、過剰設備となります。一つの考え方は
「定常的に負荷に対してはある程度マージンを持って運転させるが、ピークや異常時には少しぐらいの無理をしても運転させる。」
このような管理が必要です。
7-3 技術の適用
技術を適用するときには、できるだけ多くの人間が、考えることを少なくするようにします。極端な考えでは、設計と言っても組み合わせの手配だけにすべきです。平常業務には、スピードを重視してこなす対応が有効です。一方、新規製品の開発やトラブル発生時には、深く原理まで踏み込んで本質を理解した対応が要求されます。
このような理解は、常時の物作りにおいても余暇時間を見出し、できるだけ原理まで踏み込むような努力が有効になることが多いのです。
7-4 時間感覚
制御においては、どれぐらいの時間で対応すべきか、時定数のセンスが大切です。特に、瞬時のノイズはフィルターなどを上手に使うことで、影響を抑えることが多いのです。
また、要求以上の高速反応は、トラブルの原因となることも多い。適切なタイミングが重要です。
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