現実に向き合う和魂
私は、日本の文明の特徴は
現実に向かう魂
と考えています。
逆に、西洋文明の特徴は
理想化し考える才能
だと考えています。これを合わせて
和魂洋才
となるのが理想です。
しかしながら、この「和魂」については、現在社会では、大きなな誤解があります。つまり、第2次大戦中の
「竹槍でB29を落とせ」
等の
西洋科学文明に「大和魂」で対抗
と言う
現実慣れの根性論
のイメージです。
しかしながら、古来の「和魂漢才」の時代では
漢才は理想論
和魂は現実対応
でした。例えば、承久の乱でも、儒教精神による天皇への忠誠が漢才で教えられています。しかし現実を見た武士達の「魂」は、鎌倉幕府の側につきます。
さて、明治維新の後には「和魂洋才」となりますが、ここで
日本神話に基づく大和魂
と言う新たな一面が加わります。これは、明治の国を成立するための
天皇の絶対権力
を成立するためにも必要でした。しかしながら
現実性を重視する魂
西洋文明だけでない!
も生き残っています。一例は、日露戦争の軍事指導です。色々議論はありますが
しっかりした武器を与えて戦わせる
と言う原則は、守られていました。司馬遼太郎の「坂の上の雲」では
大部隊の夜襲を成功させる日本軍のモラル
を顕彰していますが、当時の指揮官クラスは
ロシア軍より鉄砲・銃弾が多いから
成功するのは当たり前
と冷静に評価していました。ただこの軍備は国債でまかないました。つまり、こうした軍備を持つ「富国」ではなかったのです。
そこで日露戦争後は、当時の指導者は
大和魂の力で勝った
というカルト的な思考に、軍人と国民を誘導していきます。例えば、「連合艦隊解散の辞」にある「百発百中の砲一門は、百発一中の砲百門に対抗」などのの名言は、これを全国にに伝えています。確かにこれも「現実的対応」ではありました。
こうして
欲しがらない軍隊
を作ったのは、明治の貧乏国としては正解でした。
しかしながら、この状態で30年ほど経過して、軍の指導者までが、このようなカルトに染まって起こしたのが、第2次世界大戦の惨敗です。
さて、敗戦後日本は
敗戦理由は科学力での敗北
精神主義はダメ
と言うことで、「洋才」一辺倒に傾いていきます。
それでも、昭和の時代には、まだ科学技術の未成熟も有り
現場の職人技
全員参加のTQC
等が生きていました。しかしながら、アメリカなどの技術進歩は、高度の半導体技術を生み出し、その上でのソフトウエアは
完全に理想化した環境で動く
ようになります。また、IT技術は高度なシミュレーションを生み出し
理論的検討だけで動くモノ
が作れるレベルになりました。
実は、昭和の五十年代の私が、ソフトウェアの道に進んだ大きな理由は、現実の多様性、複雑性に対応するのが難しいと考えたからです。実情の複雑さに向き合うには、実体験が不十分、特に子供の時の対人経験、自然との対応力不足、逆に理想化した理論世界に慣れているので、ソフトウェアの世界は相性がよかったようです。
このように技術が高度化しましたが、社会環境や人間に対する対応などでは、まだまだ現実の多様さに向き合う必要があります。災害からの復旧についても、現場を見ないで政策を立てると失敗します。
このように考えると、現在こそ
現実と向き合う和魂
が働く必要があると思います。