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アメリカの哲学議論の力

先日は、日本的な「概念」の利用について書きました。
日本的な概念の扱い|鈴木良実|note

そこで、反省したのは

アメリカなどの概念操作の理解は?

という疑問です。

前にも書きましたが

「正義」の哲学的議論は

古代ギリシャのソクラテスやプラトンの昔から
現在の大学講義まで

徹底して行う

のが、欧米のやり方です。こうした

哲学的議論

を行っても

プラトンの洞窟の比喩
にあるように
人間知では到達不能

という諦めというか、謙虚さもあるのです。

さて、ここでアメリカ特有の問題として

マイスターなどの人材不足

があります。例えば、ドイツなどでも、マイスターの制度があり

職人の仕上げ

という要素があります。しかし、人材不足のアメリカでは、職人の助けを期待できません。

従って、アメリカの発想は

哲学思考のできる高学歴者が
徹底して詰めたモノを
そのまま使う

となります。なお、人間の不完全さの自覚はあるので

常に精度を上げる謙虚さ

があります。

アメリカ的な物作りは、車作りの例で考えれば

昔は
故障が当たり前
ガレージで利用者が修理

と言う状況に甘じたため

(職人が仕上げる)
壊れない日本車に負ける

状況になりました。

しかし、6σ運動などが示すように

高学歴者の思考精度の向上

を常に行なっているので、現在のアメリカの物作りは、油断できない状況です。

#アメリカ #哲学思考 #洞窟の比喩 #マイスター

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