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皆がよくなるように願う

私達の神仏へのお願いは、本来は以下のような手順で行います。例えば、稲荷大神を拝むなら

  1. 自らの身と心を浄めよこしまな願いを排除
    稲荷心経で貪瞋痴の煩悩を除き

  2. この国全体がよくなるように祈る
    伊勢の内宮・外宮の祝詞でこの国の安泰と五穀豊穣の繁栄を願い

  3. 自分が努力することを誓い支援を願う
    稲荷祝詞で努力に対する支援を願い

  4. この成果が広く行き渡るように願う
    稲荷大神様の力で皆がよくなる世界を瞑想

しています。このように

皆がよくなれば自分もよくなる
自分が努力するから神仏の助けを願う

という考えが、自然に出来るようになれば、SDGsが実現すると思います。

さて、アメリカ式の「市場主義」では

自分の利害を声高に主張
市場原理で淘汰し適者生存

と言う発想があります。こうした「自らの利害だけという狭い見方」しか出来ない理由に、信仰の違いがあると思います。つまり

  • キリスト教等の発想は神の力は到達不可能
    古代ギリシャの哲学者プラトンの「洞窟の比喩」

  • 大乗仏教は衆生にも仏の智慧があると信じる
    法華経などが示す「皆に仏性あり」

の違いです。ですから、西洋文明には

完全なモノは人間には出来ない

と言う諦めがあります。

しかし、日本には「XXの神様」という、名人芸を持った人が多くいます。そこでは

関わりある全てを良くする力
世界を創造する力・広く全てを見る力

が、人にあると信じています。そこで

関わりある人は
現在だけでなく過去も未来も!

と言う、「持続可能性」の発想が出てきます。例えば、家で使用した水が、下水管に流れていきます。しかし、これで終わりと見るのではなく、下水処理場で浄化されていく状況をイメージします。そこで働いている人の苦労を、少しで楽にしたいと思うでしょう。またこの水が循環して、川や海に帰り、魚や海藻がその中に生きる。それらを、私たちや、子孫はまた食べるのです。

また、水道設備を作った、昔の人の働きを想像したり、山や森なども含めて、水資源を守った人を想像したりすると、自然と感謝の心が生まれるでしょう。

このように、広く見ていくと、自然な思い遣りと感謝が生じます。

こうした

広く見ることで
自分だけよければという狭い欲を
皆がよくなるようにと言う大きな欲にし
まず国の安泰を願い
自分が努力するから支援を

と言う祈りの心が、現在には必要ではないかと思います。

#未来のためにできること

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