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源氏物語ー融和抄ー五十四帖に秘された世界①

 平安時代、ちょうど紫式部や他の女流文学者達が活躍した中期頃には、観音信仰が流行し、特に石山寺や初瀬寺にはこぞって参詣していました。
 初瀬寺(長谷寺)を訪れると、今でもたくさんの歌碑があり、往時の様子が伺えます。
 始めは貴族を中心に広まりましたが、次第に庶民へも広がっていきました。

 今回のお話は、光源氏が亡くなった後、柏木と女三の宮の間の子薫と、光源氏と明石の君の間に生まれた明石の姫君が入内して生んだ皇子のひとり匂宮が中心人物となって展開する、宇治十帖と呼ばれる物語終盤のお話です。

 生まれながらに体から良い香りがする薫と、薫にライバル心を燃やし、いつも香を焚き染めていることから匂宮と呼ばれる皇子の恋愛模様が中心となります。
 それぞれに、宇治に住む姉妹に思いを寄せ行動していく二人ですが、姉妹のほうは仏道に精進する父の遺言や影響もあって頑なさもあり、特に薫は様々に策略を練りながらも、一途に愛した姉の大君を亡くしてしまいます。一方、妹の中君は匂宮に嫁ぎます。
 傷心の薫は中君を柏木に譲ったことを後悔し執心するようになりますが、中君から大君によく似ている異母妹の浮舟の存在を教えられ逢瀬に成功します。ところが偶然浮舟を見かけた匂宮は心を奪われ、薫との縁談がすすむ浮舟を騙し横取りしてしまいます。浮舟は、騙されたものの情熱的な匂宮に惹かれていくことに罪悪感をもち、薫と匂宮との間で苦しみ入水してしまいます。

 さて、薫はこの事を石山寺に山籠中に聞きます。一方、柏木はショックで寝込んでしまいます。亡骸がないまま、薫は浮舟の四十九日の法要を行います。

 横川の僧都の一行が、初瀬詣での帰途に立ち寄った宇治で、木の根元に正気を失い倒れている女を発見し助けます。実は入水を果たせなかった浮舟です。 
 僧都は浮舟を小野に住まわせ妹尼達に面倒をみさせますが、浮舟は素性を明かさず、持ち寄られる縁談にも耳を貸さず、出家を願い続けます。

 僧都は上京した際、宇治で身元の分からない女性を助けた話をします。これを聞いた明石の中宮(光源氏の娘・匂宮の母)はその女性が浮舟だと直感し、人伝に薫の耳にいれます。
 これを聞いた薫は浮舟に会おうとしますが、浮舟は人違いだと言い通し、手紙も受け取ろうとしません。
 薫はそんな浮舟の気持ちが理解できず、誰か他の男に匿われているのではないかと疑うのでした。
 ここで『源氏物語』全五四巻が幕を降ろします。

 『源氏物語』のハンドブックとも言うべき、石山寺本『源氏小鏡』では、この時の薫と浮舟は全く異なる精神世界にいることがさりげなく語られていると解説しています。
 改めてそう認識してみると、そこに生じさせていた自分勝手な後味の悪さに、折り合いをつけることがようやくできた私でした。

 紫式部は浮舟の運命にさりげなく、石山寺と初瀬寺、そして宇治を絡めています。まるで、初瀬の観音様のお導きで、横川の僧都に発見されたかのようです。現代の私達にはそのように思えますが、きっと平安の世の人々には、それが普通の感覚だったでしょう。
 当時の人々は、暗黙の了解でそれを読み取っていたと考えられます。
 ここは物語のラストシーンです。そこに、観音信仰を強く印象付けています。

 また宇治という地は、当時はまだ平等院鳳凰堂はありませんでしたが、源融が別荘を持っていたように、特別な地であったのでしょう。
 この辺りはさすがに、紫式部も意図したものではなかったのかもしれませんが…
 『源氏物語』の真実の姿の輪郭がようやく朧げに見えてきました。


続く

 

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