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不安になる後輩

トイレの鏡を見て、驚いた。
菓子パンがついている。
さっき、仕事中につまんだチョコ入りのパンを思い起こす。
そうだ、電話がかかってきたから、とっさにマスクをつけたんだ。
紐を耳にかけたあと、鼻のワイヤーをつまむ癖がある。
ちょうど人差し指でつまんだだろう箇所に、菓子パンの欠片がついていた。

 
出かけるときに靴を履くように
人と会うときはマスクを着けるようになった。
急いで書類を届けるために階下へ走って息苦しくなるのも、
マスクにパンくずがついて恥ずかしい思いをするのも、
ぜんぶぜんぶ、マスクのせい。
これを外して生活する日は来るのだろうか。
最近の楽しみは、行き交う人のマスクの下事情。
ひげ剃りをやめた? リップを塗っていない? 青のりついてる?
くちびるにピアス穴ある? もしかして口裂け女?
 

楽しくなってきて、マスクの下でくすっと笑っていると、
「やだ、何笑ってんの」
個室から出てきた先輩が、手を洗いながら注意する。
「マスク、いつまでなんでしょうね」
話題を変えようと、問いかけた。
「まあね。まだ取って生活するなんて勇気がないけど、
もう着けなくても大丈夫ですよって言われたって、着け続ける人多そうね。
だって、なんかもう体の一部みたいになっちゃってるし」
「そうですね。ないと妙な不安感ありますよね」
「そうそう、前にわたし、外で何かの拍子で紐が切れた時、かなり焦ったわ。
口を押えてコンビニに走ったもん。ウイルス対策だけじゃなくて、口元が見えるのが不安で」


話しながら、廊下に出る。
わたしたちの横を、上司がじろりとにらみながら通り過ぎた。
どうやら、長く話しすぎたみたい。
先輩と思わず顔を見合わせた。
その瞬間、思った。
先輩、マスクの下であっかんべーしてる。

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